大阪一人旅を成功させたツヨシは『夏休み生活体験発表会』で「来年も一人旅をしようと思っています」と宣言した。翌日、ツヨシが持ってきた連絡帳には「来年も『一人旅がしたい』と言えば、喜んで送り出したいと思っています」という母親の言葉があった。

 私はクラスの子どもたちにツヨシの母親の言葉を紹介した後、連絡帳には次のような一文を書き添えた。

 ツヨシくんの一人旅の成功、おめでとうございます。生まれて初めて一人旅に挑戦したツヨシくんと、その挑戦を快く受け入れ、応援してくださったご両親に心から拍手を贈りたいと思います。
 さぞかし勇気がいったでしょう。心配だったでしょう。10歳の我が子を一人で旅に出すのは大冒険だったと思います。それだけに、無事帰って来たときの嬉しさは格別だったでしょう。
 一人で計画を立て、一人で準備し、一人でやり遂げたからこそ、成功の喜びも大きく、自分への自信になったのだと思います。
 今回の挑戦を通して、親子の絆が一層深まったことでしょう。

 
 車中で隣のおじさんや車掌さんが優しく接してくれたこと。大阪のおじさんの家族から歓待されたこと。両親が旅行中ずっと自分の無事を祈りながら心配し、一人旅の成功を心の底から喜んでくれたこと。
 その具体的な事実を通して、ツヨシは「大人(親)は味方」を実感することができたのではないだろうか。
 

 その後のツヨシの成長は目を見張るばかりだった。
 2学期の運動会、野外活動、学習発表会では、自らリーダーを買って出た。生活班の班長に立候補し、班員を見事にリードした。学ぶ意欲が高まり、授業中、進んで発表するようになった。
 3学期の「クラス対抗けん玉大会」では、エースとして活躍し、優勝に大きく貢献した。

 3月を迎え、今年度最後の学級懇談会が開催された。当日、降りしきる雪の中、大勢の保護者が参加された。
 冒頭、私は学級の現状を報告した。1年間の子どもたちとの歩みを振り返りながら様々な出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。時折、込み上げてくるものがあり、言葉に詰まった。保護者は何度もうなずき、目頭を押さえながら耳を傾けてくださった。

 懇談に移ると、母親の一人が「いじめ問題」に触れ、「ショックでした。あれほどまでひどいとは…」と絶句され、静まり返った。
 私は「4年2組の子どもたちは、もう大丈夫です」と言った。「これからも、ずっと見守っていきます。いつでも、皆さんの相談に乗らせていただきます」と誓った。教室中にほっと安堵の空気が流れた。保護者が次々と我が子の1年間の成長ぶりを語ってくださった。

 最後の一人はツヨシの母親だった。
「ツヨシの母親です。これまで私はこのような場に一度も出たことがありませんでした…合わせる顔がありませんでした…今回も最後まで迷いました…でも、このままではいけない…一度だけでも皆さんにお詫びをしなければならないと…ツヨシが、長い間、大変ご迷惑をお掛けしました…本当に申し訳ありませんでした…」

 喉から絞り出すような声だった。嗚咽が漏れ、言葉に詰まった。
 しばらく沈黙が続いたとき、一人の母親が優しく声をかけた。年度当初の学級懇談会でいじめ問題について口火を切ったAさんである。
「ツヨシくんは、とてもいい子ですね…いつも何とも言えない笑顔であいさつしてくれるんです…お母さん、このまま強く自信をもってツヨシくんを育てていってあげてください…がんばってください…ツヨシくんは本当に優しくて…」

 次第に涙声になり、言葉が続かなくなった。
 Aさんはツヨシの母親に歩み寄り、手を取った。
 ともに涙している二人の姿に皆もらい泣きした。
 いつの間にか、教室の窓の外は夜のとばりに包まれていた。

挿絵・金子浩子

  数日後、Aさんから次のような手紙が寄せられた。

 学級通信を読ませていただき、私も心の荷が下りたような、ありがたい気持ちでいっぱいです。(中略)
 長女のクラスにも仲間外れ、いじめ問題があるようです。
 いじめる子も本当のところは、とてもさみしいのだと思います。さみしくて不安でならず、よりどころを求めて、もがいているように思われます。「やさしさ」を一番必要としているのは彼らではないでしょうか。
 もし出来ましたら「やさしさ運動」のようなものを全校で展開していただけたらと思うのですが…。せめて子どもたちが仲間外れを恐れることなく、悪いことは悪いとはっきりと言える勇気だけでももてるようになってくれたらと…。(下略)


 いじめは私のクラスだけの問題ではないことが明らかになった。全校的な深刻な問題であるにもかかわらず、各担任が一人で抱え込み、苦慮しているのが実情だった。
 この1年、私はツヨシをはじめとする4年2組の子どもたちから多くを学ぶことができた。貴重な学びを「全校ぐるみの取り組み」に役立てよう。Aさんからの手紙を読み返しながらそう決意した。
 

 

◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆

 富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。

 現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。