私は再びツヨシ宅を訪れた。ツヨシは家族に対しても、優しい言葉をかけ、優しい行いをしていることが分かった。子どもたちは、ツヨシが家庭でも『やさしさ運動』に真面目に取り組んでいることに心を打たれ、刺激を受けた。それを契機にして『やさしさ運動』の輪がクラスの各家庭にまで広がっていった。
その一方で、未解決の問題を抱えていた。
ツヨシは、4年生になっていじめが発覚するまでの間、クラスの男子にとんでもない「遊び」を強要していたのだ。
◆男子全員を体育館に集め、「ピラミッド遊びをするぞ!」と命令する。ツヨシを除く男子全員でジャンケンをして、負けた子から順番に床へ腹ばいになっていく。それを繰り返し、二段目、三段目…と積み上げていく。最後にツヨシが「ピラミッド」の一番上に勢いよく飛び乗る。下敷きになった子どもたちが「痛い、痛い」と悲鳴を上げ、泣き出す。
◆男子全員を校舎裏の急斜面に集め、「滑り台遊びをするぞ!」と命令する。ツヨシを除く男子全員が次々と急斜面を滑り降りる。尻込みをする子がいるとツヨシが後ろから突き落とす。雨上がりの後では、泥まみれとなり、かすり傷を負う子どももいた。
これは「遊び」ではない。「いじめ」である。ツヨシにとっては「遊び」だったかもしれないが…。遊びは自発的な営みであり、おもしろく楽しいものだ。
ツヨシの「遊歴」(遊びの歴史)を振り返ってみよう。
・一人っ子のツヨシにとって父親は最も身近な遊び相手であるはずだったが叶わなかった。
我が子にかかわることの苦手な父親は、遊び相手をする代わりにツヨシの欲しがるものを何でも買い与えた。当然、ツヨシは家に籠って一人で過ごすことが多くなった。・保育園では、珍しい玩具や遊具に異常なまでの強い興味・関心を示し、いつも独り占めにした。
他の子が持っているのを取り上げようとし、けがをさせたこともあった。・小学生になると、ツヨシは年下の子や気の弱い同級生を相手に遊んだ。自分に都合よくルールを変える。自分が不利になると言いがかりをつける。当然、ツヨシから離れようとする者が出てくる。「ぶん殴るぞ!」「泣かすぞ!」と脅される。ほとんどの子どもは、しぶしぶツヨシに従うしかなかった。
かつて、私は“けん玉で元気を取り戻した”ノリオから以下のことを学ばせてもらった。
◇遊ぶと自分が好きになる。自分が好きになると自分を大切にできる。それは他人を大切に思えることにつながっていく。
◇いじめなど、他人との好ましくない関係は、友達との豊かな遊びを体験しないできた結果である。友達との遊びによって子どもは社会性を発達できる。他人との好ましい関係は、友達との遊びの中で培われる。
幼いころからずっと「遊びらしい遊び」を体験できなかったツヨシ。
その「遊び体験の貧困さ」がツヨシの社会性の発達を阻んだ。
そして、ツヨシをいじめへと駆り立てる一因となったのである。
ツヨシに豊かな遊びを体験させたい。
もっと「遊びらしい遊び」を教えてやりたい。
ホンモノの遊びの「おもしろさ」「楽しさ」を味わわせたい。
他人との好ましい関係を育ててやりたい。
そのような願い込めて、私は子どもたちの前で熱く語った。
みなさんと出会った日、自己紹介をしました。これから、その続きをします。
私は富山市の八町というところに住んでいます。
八町米という、おいしいお米の取れるところです。
私の好きな食べ物は、お寿司とお刺身です。
私の好きな遊びは、けん玉です!(と言って、ポケットからマイけん玉を取り出すと、子どもたちの間から「あっ、けん玉だ!」と驚きの声が上がる)
私が、どうして、けん玉を好きになったのか、お話しします。
ある小学校で4年生を担任していたときのことでした。
1人の男の子が転校して来ました。ノリオくんと言います。
学校をよく休む子どもでした。
そのノリオくんが、ある日、けん玉を持って学校にやって来ました。
そして、いろんな技をやって見せてくれました。とっても上手でした。
私はノリオくんに「これから毎日、けん玉を持って学校においでよ」と言いました。
ノリオくんは、それから毎日、けん玉を持って学校にやって来ました。
クラスのみんなも、けん玉を持って学校にやって来るようになりました。
休み時間になると、教室中にけん玉の音と子どもたちの歓声が響きました。
私は子どもたちと一緒にけん玉で楽しみました。
ノリオくんは、いろんな技をやさしく教えてくれました。
全校集会でも、すばらしい技を次々と披露し、学校中の人気者になりました。
「けん玉名人!」と呼ばれるようになったノリオくんは、学校が大好きになりました。
自分のことも大好きになりました。自信と勇気がわいてきました。
そして、もう学校を休むことはありませんでした。
私は、そのノリオくんのおかげで「けん玉大好き」になったのです。
皆さん、私の話を真剣に聞いてくれましたね。ありがとう!
ごほうびとして、けん玉をやってみたいと思います。
子どもたちから拍手と歓声が上がった。
予想以上の反響に気をよくしながら話を続けた。
けん玉には数えきれないほど多くの技があります。その中で私が一番好きな『飛行機』という技をやってみます。けんを前に振り出し、玉の穴でけん先を受け止める技です。玉をめがけて飛んでくるけんが飛行機のように見えるので、こういう名前がついたのです。
私は右足をやや前に出して構える。
右手で玉を持ち、左手はけんの柄(つか)を持つ。
目はけんの糸穴(糸のつけね)をじっと見る。
膝を曲げながら左手のけんを離し、静かに前へ振り出す。
けんが玉の真下を通ったところで、伸び上がりながら、肘を曲げてけんを手前に引く。
けんがゆるやかに回転しながら上がってきて、けん先が自分の方に向かってくる。
向かってくるけん先を目で追って膝を曲げた。
「カチッ!」と玉の穴でけん先を受け止めることができた。成功!
私の一挙手一投足をじっと見つめていた子どもたちから万雷の拍手と歓声が上がった。
「オー、すごいじゃ!」
誰よりも大きな叫び声を上げたのは最前列のツヨシだった。やる気満々だった。
みんなの笑顔、素敵です!こんなに喜んでくれるとは思いませんでした。先生は今、嬉しい気持ちでいっぱいです。こんな素敵な笑顔を毎日見たいと思います。先生と一緒にけん玉をしましょう!そして、4年2組を「おもしろく楽しいクラス」にしましょう!
私の呼びかけを子どもたちは目を輝かせながら聞いてくれた。
◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆
富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。
現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。