再度の実態調査を通して、いじめの全貌が見えてきた。カギを握っているのはツヨシである。しかし、彼一人の問題ではない。ツヨシの傍若無人の振る舞いを許し、服従してきたクラス全体の問題として捉えなければならない。
その機会を伺っていた私にとって、「掃除の時間、ツヨシをはじめとする男子が集団でエスケープするという事件」はピンチであり、チャンスでもあった。
6月2日、私は腹をくくり、すべての膿(うみ)を出し切る覚悟で教室に向かった。
「健康観察」「各係からのお知らせ」「先生からのお話」など日直が司会を務める「朝の会」が終ると、私は「昨日、掃除をさぼった人、前に出てきなさい」と口火を切った。ツヨシをはじめとする男子4名と女子2名が進み出た。男子だけではなく、女子も加わっていることを知って少し驚いた。しかし、あえて私から問いただすことはしなかった。この事件を子どもたち同士で考えさせたかった。どう捉えているのかを知りたかった。「質問がある人は手をあげなさい」と促したが、誰一人として挙手しない。
私は「この人たちが掃除をさぼったことによって、きみたちは大変な不利益を被ったのだ。なぜ黙っているのか?…質問しなさい」と促した。
ようやく、子どもたちの間から「なぜ、さぼったのですか?」「やる気がなかったのですか?」という声が出てきた。それに対して、ツヨシは「やる気はあったけど、先生が出張でおられなかったので怒られないと思ったからです」と反省の色もなく平然と答えた。それっきり質問する者はいなかった。
ツヨシだけをその場に残し、他の子どもたちには自席に戻るよう指示した。その上で、次のように子どもたちに尋ねた。
「言葉による暴力も含めて、これまでツヨシくんから暴力を受けた人は立ちなさい」
しばらくすると、意を決したように一人の子どもが立った。それを契機に次々と立った。やがてクラス全員が立った。
「どんなことをされたのか、教えてください」と問うと、女子に対する男子による集団いじめから出てきた。
「そんなことをした男子、前へ出なさい」と命じると、4月に転入してきたばかりのアキラを除く男子全員が出てきた。
私に促されながら、女子一人一人が男子から受けたいじめの事実を明らかにし、その理由を問いただした。男子からの弁明の余地はなかった。
ツヨシにプロレスの技をかけられ、気持ちが悪くなった―と作文を通して訴えていたアキラが声を震わせながら「嫌だと言っているのに無理矢理プロレスの技をかけるのは、やめてください。気持ちが悪くなったり、目が回ったりするからです」と言った。この発言を受けて、私はツヨシ以外の男子に対して、自席に戻るよう指示した。
ただ一人残ったツヨシは私と肩を並べて立っている。私はそのツヨシに向かって言った。
「きみはアキラくんにどんなふうにやったのだ。ここでやってみなさい!」
表情を変えず、黙りこくるツヨシを私はとっさに担ぎ上げ、「こうやったのか!こうやったのだな!」と叫んだ。ツヨシは私の肩の上で小さくうなずいた。「このまま、きみがアキラくんにやったとおりにやってもいいか!何回も振り回し、投げ落としてもいいか!いったい、どうなると思うか!頭を打って死んでもいいのか!」と畳みかけた。ツヨシの顔色が変わり、全身を硬直させ、必死に首を横に振りながら「いや、いや」と言った。
私はツヨシを担ぎ上げたまま、「これからも、こんなことをするのか!」と一喝した。ツヨシは「もう、せん(「しない」の意)!」と私の耳元で誓った。
ツヨシを肩から降ろしたとき、私は肩で大きく息をしていた。全身が汗でぬれていた。ツヨシもまた肩で大きく息をしながら、うつむいていた。それまでのふてぶてしい態度はすっかり姿を消していた。
何事が起こったのかも分からず、固唾(かたず)をのんで見詰めていたクラスの子どもたちは、ただぼう然としていた。
その子どもたちに「みんな、前の方へ集まりなさい」と声をかけた。
子どもたちは私とツヨシの二人の周りに集まり、取り囲んだ。
私は子どもたちに「ツヨシくんを見てください」と言った。
一人一人の眼差しがツヨシに注がれ、沈黙の時が流れた。

どれだけの時が流れただろうか、私は静かに語り掛けた。「今のツヨシくんは、これまでのツヨシくんとは違います。生まれ変わった新しいツヨシくんです」と。
そして、ある母親から預かっていた手紙を朗読した。「…こんな子どもに育ててきた覚えはない。親として、ほんとに情けないと思いました。…」と、一人の母親としての思いをクラスの子どもたちへ伝える文体で切々と綴られていた。静かに聴き入っていた子どもたちの目には涙がたまっていた。
◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆

富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。
現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。