夏になると恋しくなるのが、かき氷やアイスクリーム。富山高校の前にある太田屋(富山市太郎丸本町)に入ると、親せきの家に来たような懐かしさに包まれる。庶民的な雰囲気とは対照的に、味は本格派だ。「体に優しくおいしいものを手頃な価格で」。創業70年余り、こだわりの味を守り続けている。
 ※2024年9月に閉店することになりました。2023年7月公開の記事を再び紹介します。

 

太田屋のかき氷「ミルククリーム宇治金時」

 「氷」と書かれた旗がいくつも揺れる。富山高校の門の前にある太田屋は夏限定の営業だ。高校生はもちろん、小中学生もちょいちょいと顔を出す。もなかアイスの持ち帰り注文の電話もよくかかってくる。

 暑い日は「ご飯を食べる暇もないほど忙しい」と、「店長」こと2代目店主の太田由美子さん(77)は苦笑いする。最近、「副店長」に昇格したという自称「お手伝い」の夫、晏昇やすのりさん(77)も、慣れた様子でもなかアイスを作る。「おじじとおばばがヨレヨレしながら頑張ってます」。2人はカラカラと笑う。

2代目店主の由美子さんと「お手伝いさん」改め「副店長」の夫・晏昇さん

苦労して作ったアイス

 「父の供養で2~3年だけのつもりが…もう29年目です」と由美子さん。由美子さんの亡き父、豊信さんがアイスキャンデーの店として、この場所で商売を始めたのは昭和25(1950)年ごろのことだ。その後、アイスクリームやかき氷も作るようになった。

現在の店のメニュー表

 豊信さんは1994年に胃がんと分かり、一時は店を畳むことも考えた。由美子さんは専門学校で洋裁を教えたり、幼稚園で事務職を務めたりしていたが、「父の味を守ろう」と店を継ぐ決心をした。95年に豊信さんは帰らぬ人となった。

 「隠れファンがいっぱいいてね。『やめないで、やめないで』って。それに、父があんなに苦労して作ったアイスクリームだから。父が徹夜して、何度も作り直して、たどり着いた味だからね。私らも若い頃はよく徹夜して作ったよ」

バニラと抹茶の2色が入ったもなか

牛乳と卵の素朴な味

 アイスは、牛乳と卵の味をそのまま生かした「バニラ」、宇治産の高級抹茶が香る本格派の「宇治(抹茶)」の2種類がある。バニラは豊信さんが試行錯誤してたどり着いた味で、由美子さんが味見役を務めた。「『どうだ、どうだ』って言われて何度も味見したよ」

 甘味料など人工的なものを使わない。素朴な風味で、甘さ控えめ。ついつい「もう1個」とおかわりしたくなる。もなかはまん丸と長方形があり、長方形はバニラと宇治の2色入りを楽しめる。

 もなかの皮は和菓子用のもので、愛知県犬山市の業者から取り寄せている。由美子さんが東京での学生時代にほれ込んだ味だ。焼きたてを味わえるよう少量ずつ送ってもらう。

もなかを閉じるとこんな感じ。パリパリサクサクと音が鳴る

宇治抹茶 毎回、点てます

 かき氷のメニューも豊富だ。迷いに迷って、店長おすすめという「ミルククリーム宇治金時」(680円)を注文した。あんこと抹茶蜜の上に、氷を何層も重ね、練乳をかけ、アイスを載せる。ほぼ全部載せの一品。アイスの味を選べるが、「宇治がお勧め」とのことだった。

 注文が入ると、由美子さんはお茶を点て始めた。「アイスに使うのはもったいない」と言われるほどの高級抹茶を茶わんに惜しげもなくたっぷり入れ、さっさと点てていく。「どんなに忙しくても絶対に点てます」というからぜいたくだ。

抹茶を点てる由美子さん

 抹茶へのこだわりは2代目になってから特に強くなった。「うちの抹茶は色が違うでしょう?」と由美子さんはにっこり笑う。先代のバニラ、2代目の宇治(抹茶)と、父と娘それぞれの自慢の味が店を支えている。

完成したかき氷「ミルククリーム宇治金時」。抹茶の色が鮮やか

値上げに抗う理由

 何もかもが値上がりしている昨今、由美子さんは「お客さんから『値上げした方がいいよ』と心配される」と言う。「うちには、準ファミリーのようなお客さんがたくさんいてね。忙しい時は洗い物までしてくれることも…。ありがたいです」

 値上げの波に抗うのは、亡き父の言葉が胸に残っているからだ。

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