高岡といえば、この一杯を思い出す人も多いだろう。吉宗(高岡市宝町)のカレーうどん。丼からあふれんばかりの濃厚中辛カレーが、こしの強い、かみ応えのある麺によく絡む。ゴロッと大きな鶏胸肉も入ってボリューム満点だ。亡き下野吉宗さんが作り、長男で2代目の洋雄さん(52)が守る高岡の味を訪ねた。

9割が注文、作家の五木寛之さんも
「カレーうどんの注文は9割を超えているかも。お昼に来た人の注文がカレーうどんだけだったなんて日もよくありますよ」。3月上旬に店を訪ねると、洋雄さんがそう教えてくれた。「体にカレーが染みついてしまって『いいにおいがする』って言われます」
2002年前後に、作家の五木寛之さんが「百寺巡礼」の取材で国宝瑞龍寺を訪ねた時に立ち寄って食べたことでも知られる。「雪の降る日だったかなぁ。そこの席に座ってね」と洋雄さんは懐かしむ。

かつての人気は「こみこみうどん」
最初からカレーうどんが看板メニューだった訳ではない。以下、1989年の本紙夕刊で紹介された記事からメニューを抜粋する。
人気メニューとして真っ先に挙げられていたのは、てんぷら、豆腐、いなり、えのき、ワカメが入った「こみこみうどん」。この他、いなり、ワカメ、豆腐ワカメ、てんぷらの各種うどんがあり、てんぷら、きのこなど6種類のざるうどん、ニシン、山菜など7種類の煮込みうどん鍋があった。記事には「近い将来、もち入りうどん、うどん雑炊もメニューに加える予定」とある。
洋雄さんは、みそ煮込みうどん、うどん雑炊が気に入っていた。「みそ煮込みは赤みそで濃厚だった。うどん雑炊は鉄鍋にうどんとご飯をグツグツするんだけど、これもまたおいしかったなぁ」。すっきりしただしと手打ちのしこしこ麺で、じわじわとファンを増やしていた。

篠田監督の記事でブレーク
カレーうどんがブレークしたきっかけは、1990年に公開された映画「少年時代」の篠田正浩監督がロケスタッフを連れて店に通ったことだった。「こみこみうどん」を食べる篠田監督を本紙記者が撮影し、新聞に掲載した。その中で、篠田監督の「特にお気に入りのメニュー」として紹介されたのがカレーうどんだった。
「反響はすごかった。お客さんが次々来て店内はカッチャカチャ。注文の8~9割がカレーうどんになった。店も手狭になった」と洋雄さん。高岡市民病院前のこぢんまりとした古民家風店舗は2、3回の増築を経て、当初の2倍の広さになった。

失われたものも
カレーうどんの大ヒットで繁盛した一方、洋雄さんが好きだった数々のメニューや、吉宗さんがうどんの手打ちを実演するコーナーは失われた。民芸調の店内ではかつて、鉄の釜にいつもお茶が沸いていて、湯飲みとひしゃくが用意してあり自由に飲めたというが、今はそれも行っていない。「忙しくて手が回らない。カレーうどんを熱々で、おいしく提供するだけで精いっぱい」
「開店当時の雰囲気が残っているのはあの席だけかな」。洋雄さんが指さした一角には、囲炉裏と天井から吊り下げられた自在鉤(かぎ)があった。ここでお茶を沸かしていたのだろう。

全身全霊の仕事
うどん店経営は体力仕事だ。吉宗さんは朝から晩まで働いた。洋雄さんもそうだ。「うどんのコシを出すには、とにかく力が要るんです」。体の痛みに耐えながら力いっぱいこねる、まさに全身全霊の仕事だった。
洋雄さんも亡き父と同じく、脱サラして飲食の道に入った。元々は関東の大手企業で経理を担当していた。人生の転機となったのは母、節子さんの「戻ってきてほしい」という言葉だった。直接、口に出して言えない父の思いも込められていると感じた。
「迷いました。楽な仕事ではないですよ。朝は早いし、夜は寝るだけ。みんなが休んでいる日に働かないといけないし」。洋雄さんはそう言って笑う。

コロナ禍を乗り越え
それでも、働き続けられるのは、店を愛してくれるお客さんがいるからだ。多くの飲食店が苦しんだコロナ禍も、「一時はどうなるかと思ったがお客さんに支えられた」。
カレーうどんのルウは中辛のオリジナルブレンド。ホームページでは「ピーナッツをベースとし、16種類のスパイスがブレンド」としているが、「詳しいところは企業秘密」とのこと。実は、少しずつ変化させているそうだ。辛いけど甘味もあってギッシリと中身の詰まった深谷ネギを使うことも洋雄さんのこだわりだ。鶏むね肉はしょうゆベースの下味がしっかり付いていて、カレーとは濃い味同士の組み合わせだが、これが不思議とよく合う。
開店からほぼ半世紀。親に連れられて来店していた小学生は成長し、子どもを連れて来店するようにもなった。「小さなお子さんに『ごちそうさまー!』って言われるとグッと来る。体の続く限り店を続けていきたいですね」
取材の最後に、調理場近くに登場した真新しいレジを見せてもらった。インボイス制度(消費税の仕入額控除を受けるための制度)に伴い、創業から半世紀たって初めて、今年3月に導入した。それまでは電卓か、暗算だったそう。そのため、メニューの価格は計算しやすいよう50円刻みになっている。
月曜と火曜は休み。カレーうどんは950円(税込み)。この他、わかめ、いなり、とうふ、月見、とうふわかめ、お子様の各うどんがそろう。冷たいうどんは冷やしざる、天かすざる、冷やし田舎の3種類。カレーうどんのトッピングは玉子のみ。