私はハルコの家に向かった。
放課後、教室で向かい合った彼女は、私が母親やクラスの子どもたちから聴いたことを話すと、目に涙を浮かべ「そのとおりです」と言い、これまでの経緯を素直に話した。次は家庭での様子を聴かなければならない。ハルコの言動は、親子関係や家族関係と無縁ではないように思われる。
呼鈴を押すと母親が顔を出し、応接間に案内された。
「先生には、わざわざお越しいただき、申し訳ございません」
「お母さんの方こそ時間を取っていただき、ありがとうございます」
私たちがあいさつを交わしていると、ハルコが祖母と一緒にお茶を運んできた。
「いつも孫が大変お世話になっております。粗茶ですが、どうぞ」。
そう言って祖母がハルコと並んで腰を下ろそうとしたとき、
「ハルコ、おばあちゃんと一緒に向こうの部屋に行ってなさい」と母親が言った。
祖母は一瞬驚いた様子だった。が、直に笑顔を取り戻してハルコを促し、いそいそと応接間から出て行った。
私はクラスの子どもや、ハルコに聞いた話を一通り話した。
母親は「そんなことで悩んでいたとは…」と嘆息をもらし、そして「これは私の愚痴だと思って聴いてください」と前置きし、話し始めた。
ハルコは幼いころから親の言うことをよく聞く素直な子だったが、5年生になってから急に変わった。親に反抗するようになり、いくら尋ねても学校のことや友達のことを話してくれなくなった。
反対に祖母には甘えるようになった。もともとハルコは祖母と仲が良くなかった。祖母はハルコより弟をかわいがり、ハルコも祖母を嫌っている感じだった。ところが、最近、なぜか急に二人が接近するようになった。
先日、家の中で探し物をしているとき、たまたま化粧品やアクセサリー、小物が隠されていたのを見つけた。ハルコを問い詰めたところ、これまで何度も祖母におねだりしては小遣いをもらい、そのお金で友達と繁華街に出かけていたと話した。
挿絵・金子浩子
今日、ハルコは学校から帰って来るなり、「お母さん、ごめんなさい。全部、私が悪いのです。許してください。もう絶対にしません」と泣いて謝った。でも、私が謝ってほしいのはハルコではない。祖母にこそ、謝ってほしいと思っている。
ハルコがこんなことをするようになったのは、祖母が甘やかすようになったから。「甘やかさないようにしてほしい」「お金を渡さないようにしてほしい」と祖母に言いたいが、怖くて言えない。私からそんなことを言ったら大変なことになる。
母親は時には涙ぐみ、時には憤りながら一気に話し終えた。
翌日、祖母から電話があった。
「突然で申し訳ありませんが、これから私一人で学校に伺いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
〔付記〕事例はプライバシーへの配慮から登場人物を匿名とし、事実関係についても若干の修正が施してあることをお断りしておきます。
◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆
富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。
現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。