掃除の時間、ハルコが一人で黙々と教室の窓を拭いていた。
いつも群れておしゃべりに興じている。共同作業では手を抜き要領よく立ち回っている。その彼女が一人で黙々と…別人のようだった。
「きれいになったね」。私が声を掛けるとハルコは小声で「ありがとうございます」と言った。しばらくの談笑後、放課後の面談を約束した。
明るく元気。一方で、鼻っぱしが強く、担任に反抗的な態度を示すこともある。そんな彼女の予想外の反応。果たして演技なのか、あるいは、普段は見せないハルコ本来の姿なのか…

子どもたちが下校し、静まり返った教室でハルコと向き合った。不安と緊張で身を固くしている。いきなり本題に入ることを避け、まず、掃除の時間に交わした話題から始めることにした。
「クルクルと体が動くあなたにいつも感心している。きょう、その訳を知ることができた。日ごろから、よく家事の手伝いをしているんだね。だから窓拭きのコツもよく知っている。素晴らしい」
私の言葉にハルコは、はにかみながらうつむいた。表情がいくぶん柔らかくなり、心がほぐれたことを確認し、母親からの電話の内容とクラスの子どもたちから聴いた話に移った。
友達と繁華街に出掛け化粧品やアクセサリーを買い込んでいること、休み時間にこっそりマニキュアを塗り合っていること、ヒロコら4人を徹底的に無視していること…
ハルコは目に涙を浮かべながら「そのとおりです」と言った。
私は「どうしてこのようなことになったか、一緒に考えてみよう」と声を掛けた。
ハルコは素直にうなずき、話し始めた。

5年生になってから女子の間でグループがいくつもできた。自分はどのグループにも入れてもらえなかった。さびしかった。たくさんの友達といつも楽しそうにしているヒロコさんのことがうらやましかった。
ヒロコさんは頭がよくてかわいいから人気がある。自分は頭が悪くてかわいくない。自分のことを「自分勝手」「お節介」「意地悪」と言う人もいる。どうすればグループに入れてもらえるか、ずっと考えていた。

挿絵・金子浩子
ある日、お母さんに内緒でマニキュアを学校に持って行った。何人かに見せたら、とてもおもしろがった。それから毎日、マニキュアを学校に持って来た。やがて、いろんな化粧品やアクセサリー、小物なども持って来るようになった。
もっと、みんながおもしろがるものやカッコイイものが欲しくなって、休みの日になると友達を誘って街に出かけるようになった。お小遣いは、いつも、おばあちゃんからもらっていた。買ったものは友達にあげたり、見せびらかしたりした。自分のお気に入りは秘密の場所に隠しておいたが、お母さんに見つかってしまった。
その日の夜、私はハルコの家を訪ねた。
〔付記〕事例はプライバシーへの配慮から登場人物を匿名とし、事実関係についても若干の修正が施してあることをお断りしておきます。