ハルコの家を訪ねた翌日、思いがけない電話があった。ハルコの祖母からであった。これから一人で学校に来たいとのことである。
昨日、私が応接間に通されてすぐ、祖母はハルコとともに顔を出した。しかし母親がハルコに「おばあちゃんと一緒に向こうに行ってなさい」と命じたため、部屋を出ていくことになった。
電話の声を聞き、その時の祖母の驚いた表情と、部屋を出て行く二人の姿が脳裏に浮かんだ。
放課後の教室で、子どもたちの日記に目を通し、赤ペンで添え書きをしながらハルコの祖母の来訪を待った。
やがて、人目をはばかるようにしながら祖母が来校した。相談室へ案内すると、祖母はあいさつもそこそこに話し始めた。
昨日、私は嫁の一言でハルコと一緒に部屋から追い出された。私に聞かれたくないことや悪口を言いたかったに違いない。そう思うと居ても立ってもいられなくなり、誰にも言わず、ここにやって来た。
挿絵・金子浩子
私と嫁とは以前から折り合いが悪い。まともに口を利いたことはない。彼女のことは息子と交際しているときから嫌いだった。「あの女との結婚は絶対に認めない」と言ってきたが、お腹に赤ちゃんができると反対を押し切って一緒になった。許せなかった。孫(ハルコ)の誕生も心から喜べなかった。ハルコも、長い間、私にはなつこうとしなかった。
ハルコの変化に気づいたのは5年生になってからだった。
急に元気がなくなり、学校帰りに一人でとぼとぼ歩いているのを見つけた。しばらく様子を見ていたが、日に日に元気がなくなる。思い切って本人に聞くと、ハルコは顔色を変え「別に…おばあちゃんには関係ないから…」と言った。それでも「あんたのこと大好きだよ。だから心配でたまらんが。本当のこと、教えて!」と手を合わせて話すと、ハルコは「お母さんには絶対言わんといてよ。…クラスの友達から仲間外れにされている…」と言った。
かわいそうになり、好きな物を買ってやったり、街に連れて行ってやったりした。やがて友達を誘って街に出掛けるようになり、私にお小遣いをせがむようになった。
今回の出来事に関して、私が悪者扱いされているのが承服できない。これまで、嫁は母親らしいことをやってこなかった。共働きをいいことに家事も子育ても手抜きだらけ。親子のふれあいもなければ、家庭の団らんもなかった。ハルコがかわいそうだった。悪いのは嫁の方だと思っている。
祖母は途中で「ここだけの話にしておいてほしいのですが…」と何度も念押ししながら話し続けた。
校庭はすっかり夜の闇に包まれていた。
私は玄関でハルコの祖母を見送り、真っ暗な教室に戻った。
複雑な家庭環境のもとで心を痛めてきたハルコ。
やりきれなさ、さびしさ…そのはけ口が今回の出来事だったのか。
一担任が家族の問題に介入できるはずもない。
私に何が出来るというのか…。
◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆
富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。
現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。