とろみのあるグルメ特集で、温泉エッセイストの山崎まゆみさんに、温泉におけるとろみや富山近郊のとろみのある温泉について寄稿してもらいました。

初めてとろみのある温泉に入った時、「うなぎを掴(つか)んだら、こんな感じかな」と思ったのを昨日のことのように覚えています。湯の中で手を合わせると「ぬるぬるっ」と、その肌触りに驚愕(きょうがく)したものです。
その後、あまたのとろみの温泉を経験してきましたが、湯あがりに保湿せずに放置していたら、手の指がカッサカサになってしまうのが、当初は不思議でなりませんでした。
とろみなのに、なぜ、カッサカサ?
温泉におけるとろみとは、さまざまな成分がなす業だからとでも言いましょうか——。
その答えを詳しく綴(つづ)っていきましょう。
新潟県糸魚川市に湧く笹倉温泉はかなりのとろみを有します。
泉質はナトリウム炭酸水素塩泉(重曹泉)。
とろみの秘密は温泉成分に重曹が含まれていることです。掃除で利用するあの重曹ですから、温泉成分に含まれる重曹も、やはり肌の汚れを落とす効果が発揮されます。だから、湯あがりに保湿クリームを塗ってこそ、はじめて美肌となりえるのです。
とろみを感じる温泉として、もうひとつの特徴を挙げるとすればアルカリ性の温泉でしょう。
温泉の水素イオン濃度(PH)がアルカリ性を指す場合は、いわば石鹸(せっけん)が肌の上で泡立ち、汚れを落としているのと同様の作用が、入浴中に起きているとお考えください。だからお湯がぬるぬるに感じるのです。
重曹と同じく、やはり汚れを落とすとろみですから、湯あがりの保湿は必須です。
アルカリ性を示す単純温泉では、黒部温泉郷や宇奈月温泉などが思い浮かびます。手の上でお湯が転がるようなとろとろ感を愉(たの)しめます。
とろみの温泉は「化粧水みたいな温泉」と表現されることも多いですが、そうとは言えないことを、もう一度、申し上げておきましょう。あくまでも保湿が肝要です。

氷見温泉郷で入ったぬくもりととろみ

一方で、とろみは汚れを洗い流す作用だけではありません。
保温保湿効果が期待できる温泉でも、私はとろみを感じてきました。
昨年、初めて富山県氷見温泉郷に出かけました。氷見市からのご依頼で、ケーブルテレビ「サンデーひみ」で温泉特集が放送された回にゲスト出演をしたのです。
事前に、氷見温泉郷で入った、入った。
氷見と聞いて連想するのが、やはりこの時期は寒ブリ。お醤油(しょうゆ)を弾いてしまう寒ブリの脂に仰天しましたが、氷見温泉郷の魅力はその上をいきました。
そう、とろみのある温泉だったのです。
氷見温泉郷の湯のとろみはややねっとり。それはナトリウム濃度の高さがもたらしています。
海沿いに湧く温泉はナトリウム濃度が高い塩化物泉が多いのですが、氷見温泉郷も同様でした。
温泉通の間ではつとに知られる神代(こうじろ)温泉はことのほか、とろみが強かった。
鉄分も多く、赤褐色のお湯に身を包まれて目をつむると……、ほんのりとした蒸気に包まれ、顔がほかほかに。両手でお湯をこすり合わせると、とろとろとろ〜っと、快感そのもの。湯あがりは足の爪先までぽかぽかです。ナトリウム濃度の高いとろみの温泉は、確かに保温保湿効果があります。

「マイ温泉」に巡りあいましょう
私は、跡見学園女子大学で「観光温泉学」を教えています。毎年250人前後の学生さんが履修してくれるので、多くの若い女性が温泉を深く学び、興味を持ってもらい、授業後には湯めぐりを実践してほしいという目的から「マイ温泉」を講義に取り入れています。
そもそも、温泉はむやみやたらに入っても、大きな効果は期待できません。
「マイ温泉」とは、自分の肌質と温泉の泉質とのマッチングを考慮し、自分と相性が合う温泉を選ぶことを指します。
今回は、「とろみのある温泉」について綴りましたが、同じとろみを感じるお湯でも、成分も効果効能も異なることをお伝えしました。さまざまな温泉に浸かり、自分が心地よかった泉質を知り、「マイ温泉」に巡りあってみてくださいね。

山崎 まゆみさん
温泉エッセイスト・跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学・観光取材学)。現在33カ国の温泉を訪問。観光庁や地方自治体の観光政策会議に有識者として多数歴任。『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)、『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)他多数。NHKラジオ深夜便に出演中(毎月第4水曜日)。