モデルやタレントとして活躍する梅宮アンナさんは昨年、自らの乳がんを公表し、SNSなどを通じて闘病の体験を発信しています。乳がんの早期発見や早期治療を呼びかける10月の「ピンクリボン月間」を前に、富山市内でトークショー(シンコー、サロンチアリス主催)を行った梅宮さんに、闘病中の心境や情報を発信し続ける理由などを聞きました。(聞き手・浜松聖樹、撮影・京角真裕)
 

―富山に来たのはいつ以来ですか。

 昨年10月にイベントで呼んでいただいて以来になります。がんになって、自分のことをちゃんと語れる場を昨年に続いて設けていただきました。

―がんが分かった経緯を教えてください。

 胸が小さくなったと感じ、娘に相談したら「すぐ病院に行った方がいいよ」と言われました。病院で検査したら、浸潤性小葉(しんじゅんせいしょうよう)がんという乳がんで、ステージ3A。治療は抗がん剤、手術、放射線の「フルコース」になると言われました。 

―ショックだったと思いますが。

 梅宮家はほとんどががんで亡くなっているので、「順番が回ってきた」と思いました。心の準備ができていたのは、亡くなった父の姿を見ていたのが大きかったと思います。それと同時に「きっと意味があるだろうな」と思いました。たぶん、52歳だったからそう思えた。結婚も1回してるし、子どもももう23歳だし。

 治療を経験すると、みんなに伝えることができるじゃないですか。悩んでも、しょうがないって思いました。「どうして私が」って思いがちですけど、「意味はある」という考え方にちょっと変えると楽になると思うんです。

 

―がんの公表に、ためらいはありませんでしたか。

 それは全くなくて、どう発表するかを考えました。自分のSNSだけだとファンしか見てないから、ヤフーのニュースに載るようにしたいと。以前連載していた出版社に連絡し、インタビューをしてもらいました。公表について、当時のマネージャーは反対しましたが、私は隠してる方がストレス。声がかからなくなる仕事もありましたが、必要としてくれるところに飛び込んでいこうと思いました。

―インスタグラムで闘病について発信されていますね。

 がんを患っている人だけではなく、これからなる人もたくさんいるはず。そういう人たちに、がんとはどういうものか知ってもらえます。「がんに効く」という悪徳商法の話が、私のところにも散々来ましたよ。効果が出るかどうか分からないものを、むやみに手を出すのは嫌だし、何百万円もかけられない。標準治療を真面目にやって、それで治らなかったら仕方ないと考えました。がんを患った人たちには、まずは標準治療をしていただきたいと思います。

―SNSではアンチ

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