10年ほど前まで、ハイブランドは自らの生産背景をほとんど明かさず、神秘のベールに包まれていました。製品がどこで、誰の手でつくられているのかは語られず、ミステリアスであることがむしろブランドの権威を高めていたのです。
しかし近年は状況が一変しました。イタリアの一部高級ブランドの下請け工場で不法労働者が不当に扱われていた事実が暴かれるなど、背景を隠すことが逆にリスクとなり、透明性が強く求められるようになったのです。消費者は「どのように作られたのか」に関心を寄せ、ブランドも積極的に生産背景を開示するようになりました。
この新しい価値観を先鋭的に取り入れているのがシャネルです。10月、東京・六本木の東京シティビュー&森アーツセンターギャラリーで「la Galerie du 19M Tokyo」展(通称le 19M展)が開催されました。シャネルを支える11のアトリエと約700人の職人や専門家に脚光を当てる展覧会でした。

会場では、シャネルを支えるアトリエにおいて、刺繡(ししゅう)や羽根細工、ビーズ、ツイードなどの繊細な技術がいかに結集して服を形づくるのか、そのプロセスが臨場感をもって紹介されました。さらに来場者はワークショップで刺繡などを体験することができ、シャネルの服が完成するまでに込められる時間と集中の重みを理解しました。こうした作り手の感覚を追体験すること自体が、現代のラグジュアリー体験になっていたのです。

日本との協働も重要なテーマです。本連載Vol.21でも紹介した「丹後のダ・ヴィンチ」豊島美喜也さんも参画し、金属織物で森を表現し、アトリエの一つ「ロニオン」のプリーツ技術とコラボした壁のパネルで空間に奥行きを与えました。

畳の縁をシャネルのツイードで仕立てた空間も驚きでした。パリのブランドが、日本の文化や職人と深く結びついていることを知ることは、新しい共感の源泉となりました。
展示の最後には、これまで紹介された職人技術のすべてが結集したドレスやスーツが壮麗に並びます。背景を理解したうえで目にする完成品は、人間の手仕事の集大成として迫ってきます。「ブランドに参加する」感覚を与えてくれるのです。
この展覧会が示したのは、ブランドとクリエーター、そして消費者が、物語を共に紡いでいく新しい関係性でした。
従来は限られた顧客にしか開かれていなかったアトリエが、広く開示されることで、ブランドは単なる高級品の提供者から文化的存在へと格上げされました。さらに、日本がこうした実験的な展示の舞台に選ばれていることにも注目したいのです。日本の消費者は、モノを大切に扱い、背景や文脈を味わう感受性に長けています。ブランドにとって理想的な共鳴の場となりやすいのです。
透明性が求められる時代にあって、ラグジュアリー・マネージメントにおいてはますます体験の共有という価値が重視されます。シャネルの展覧会は、その未来を先取りするだけでなく、日本という市場の成熟度をあらためて証明してみせた場ともなりました。
              