記念対談は、県内企業・団体のトップが新時代を拓く経営戦略とその思いを語ります。タイトル「自我作古」は前人未踏の分野に挑戦し、待ち受ける困難や試練に耐えて開拓に当たるという、勇気と使命感を表した言葉。「我(われ)より古(いにしえ)を作(な)す」と訓む。出典は元代に編纂された中国の歴史書「宋史」。書は日本北陸書道院の青柳雛理事長。

 

うえまつ・ひさし 1956年、大阪府堺市生まれ。東京農工大農学部卒業。1980年に中越パルプ工業入社。執行役員高岡工場長、常務、専務を経て、2020年6月25日から現職。67歳。

構造転換進め 働く人を幸せに

 1947年に高岡製紙として設立された中越パルプ工業は、地域に根差しながら、人を大切にするものづくりを貫き、国内の紙パルプ業界で確固たる地位を確立してきた。現在、中長期を展望した「ビジョン2030」「中期経営計画2025」を掲げ、既存事業の構造転換、環境ビジネスの推進などに取り組む。業界の環境変化とその対応、目指す企業像などについて、植松久社長と蒲地誠北日本新聞社長が語り合った。


 

蒲地 植松社長は15年ぶりの生え抜きトップとして2020年に就任されました。まずは経営の基本方針について伺います。

植松 生え抜きという点に関しては、特に意識していません。王子ホールディングス出身者の社長がしばらく続きましたが、あくまで適材適所。今回はたまたま私だったと受け止めています。
 トップとしてどのような会社を目指すのか。私が心に留めているのは、従業員が幸せになる会社です。確かに、企業経営におけるコーポレートガバナンスへの意識が高まっています。昨今は、会社は株主に対して最大限の利益還元を目的とすべきだとの考え方に沿って、短期的な利益追求を声高に指摘する動きもあります。ただ、本来的には働く人の幸せが企業にとって大事だと考えます。最大の資産である従業員が利益を生み出し、幸せになる。そして、会社と従業員の信頼関係をより強くしていく。ある意味、日本的経営の良い点だと思いますが、こうした理念は私の経営ビジョンになっています。

家庭紙事業に参入

蒲地 植松社長の人的資本への強い思いの下で、「ビジョン2030」「中期経営計画2025」を進めていらっしゃいます。

植松 当社が30年に目指す姿として掲げたのが「ビジョン2030」です。既存事業の発展、環境ビジネスの発展、イノベーションによって、森林資源の有効活用を通した循環型社会の構築と持続可能な未来の実現を目標に据えています。これを達成するため、25年までにやるべきこととして「中期経営計画2025」を策定し、実行しています。
 紙パルプ業界では、デジタル化や少子化を背景に、印刷用紙や新聞用紙などグラフィック用紙の需要が減っています。中期計画では、この構造的な問題への対応策として、既存事業の構造転換を柱の一つとしました。具体的には、ティシュペーパーやトイレットペーパーなど家庭紙事業への新規参入、パルプ製品の販売拡大などです。従来型の紙パルプ事業領域を82%から69%まで縮小する一方、成長が見込める事業領域を13%まで高めていきます。

 

蒲地 家庭紙事業は構造転換のシンボリックな取り組みです。1月には、家庭紙の新しい抄紙しょうし機が高岡工場(高岡市米島)で稼働しました。

植松 家庭紙を含む衛生用紙は、生活必需品として底堅い需要があり、その安定した市場に照準を合わせます。参入といっても、我々は自社ブランドの製品ではなく、家庭紙の原紙をつくり、中堅の家庭紙メーカーに供給します。中堅メーカーの多くは原紙を輸入など外部から調達しているので、当社の高品質な原紙を安定的に確保できることは大きなメリットと考えます。家庭紙事業で、当社の構造転換がより確実になり、中期計画の達成に向け、強固な地盤を築いていけると確信しています。

CNFの用途開拓

蒲地 森林資源を活用した環境投資・環境ビジネスの観点では、セルロースナノファイバー(CNF)の用途開拓にも積極的ですね。

蒲地誠北日本新聞社長

植松 CNFは植物繊維をナノ(1㍉の100万分の1)単位にまで微細化して得られる新素材です。鋼鉄の5分の1の軽さで5倍の強度があるため、当社を含め、各社が樹脂やゴムの補強材としての利用を検討しています。そのほか、当社のCNFはスニーカーの靴底や化粧品などにも利用されています。
 さまざまな用途へ利用可能なCNFですが、我々が新たに注目しているのが、農業分野。筑波大学、丸紅との共同研究で、当社が開発したCNFを植物に散布すると、病原菌の侵入を防ぐ効果があることが分かり、防除資材としての活用を模索しています。

蒲地 どんなメカニズムなのですか?

植松 当社のCNFは水の力とパルプのみで製造しています。安全性が高いだけでなく、CNF表面が水と結び付きやすい親水性と、油と結び付きやすい疎水性の両方の性質(両親媒性)を持つという特徴があります。この両親媒性がポイントで、CNFが水をはじく葉面に付着しやすくなり、葉面をネット状に覆うことで物理的に病原菌の侵入を防ぎます。また、付着したCNFが葉面を親水性にすることで、病原菌が葉面だと認識できず、感染行動を起こさなくなります。この二つの効果で菌の侵入を防ぐというわけです。

蒲地 実用化に向けた動きはいかがでしょう。

植松 現在、一部自治体の農業試験場や大手の農業法人などで実証実験してもらっています。昨年9月には農林水産省の「みどりの食料システム戦略」の基盤確立事業に認定されました。ここでは50年までに化学農薬の使用量(リスク換算)50%削減が掲げられているので、CNFの農業現場への普及・拡大の後押しになることを期待しています。 
 ほかにも、養鶏場の汚れや害虫の活動を抑制する業界初の畜産資材を市場投入したほか、国産の竹を使ったCNFが化粧品メーカーに採用されるなど、少しずつ実績が出てきています。CNFの研究を始めてから10年以上になります。用途開発や製品化に向けては、自社の特徴を生かしながら、常に差別化できないかと意識してきました。こうした意識は、CNF以外の幅広い事業を進める上でも大切なことだと感じています。

 

化石燃料の低減推進

蒲地 カーボンニュートラルへの取り組みも重要です。

植松 当社は元々、製品当たりの化石燃料の使用量が業界で最も少ないんです。環境負荷の少ない紙を作っているという自負はあります。「ビジョン2030」では、製造工程の化石燃料由来のCO2排出量を50 %削減する目標を立てています。今後もボイラーの脱石炭や再生可能エネルギーの有効活用などで化石燃料の使用低減に努めていきます。
 射水市にある社有林は自然豊かな里山林で、「中パの森 高岡」として小学生の自然体験学習会を開催しています。遊歩道や東屋あずまやを整備し、地域の皆さまが気軽に自然の恵みを感じ取れる場所になっています。昨年10 月には、この「中パの森」が環境省の自然共生サイトに認定されました。こうしたESG(環境・社会・企業統治)活動を通して、さまざまなステークホルダーに愛される企業であり続けたいと考えます。
 

蒲地 最後に、元日の能登半島地震への対応について伺います。

植松 あらためて、被害に遭われた方にお悔やみとお見舞いを申し上げます。当社は高岡市内に2工場ありますが、人的被害はなく、一時操業を停止したものの、ダメージは軽微でした。発災時、工場にいた従業員、参集した従業員は落ち着いて対応し、BCP(事業継続計画)は機能したと受け止めています。引き続き自社の防災対策にはしっかり取り組みますが、何より被災地の早期復旧・復興を願っています。

植松社長(左)と蒲地社長(中越パルプ工業本社ロビーにて)

(2024年3月29日紙面掲載)


あの頃の私

 大学で森林関係を専攻したことで、入社後20年は製紙用原料の調達部門で勤務しました。その頃の原料は国内材が主流で、その調達のため、南は鹿児島の奄美大島から北は新潟と、国内を転々としていました。

 しかし、1980年代になり、為替が一気に円高に転じたことで、原料の中心は海外からの輸入材に転換していきました。そのため、私の業務も国内材から輸入材の調達へと変わり、1990年から米国ワシントン州シアトルで5年間の海外勤務も経験しました。地域としては、カナダのブリティッシュコロンビア州(BC)、米国ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州を担当して走り回っていました。駐在前に英語を真剣に勉強していなかったことで、最初の1年間はつらい日々でしたが、今に思えば家族ともに良い思い出になっています。

 帰国後は秘書、管理部門、工場長、営業部門と、結果的に会社のほぼ全部門を経験することになりました。当社の主力である紙の製造も一から勉強し直しました。いろいろな職種に触れることは多角的な視点を育んだり、新しい発想を生み出したり、人的ネットワークの構築にもつながります。こうした方針は先々代社長の原田正文さんの意向だったかもしれません。厳しい人で、私自身、徹底的に鍛えていただきました。感謝しています。

 振り返ると、きつかったことも多々ありましたが、さまざまな仕事に触れることができ、多くの人に出会うことができました。会社全体を俯瞰するという視点でも、一つ一つの体験が今の自分に生きていると実感しています。

 

「あの頃の私」では、若手時代の印象深い出来事や仕事への思いを振り返ってもらいます

米国駐在時の植松社長(1992年3月)
5年間米国を奔走し、子どもたちも幼少期を米国で過ごした

❶最新鋭の家庭紙抄紙機導入により、競争力のある原紙を供給できる体制を構築した。
❷セルロースナノファイバー(CNF)はスニーカーの靴底や化粧品など、さまざまな用途に採用が進んでいる。
❸「中パの森 高岡」への環境省自然共生サイト認定証授与式。「中パの森 高岡」は生物多様性の大切さを学べる場所となっている。
❹川内工場(鹿児島県薩摩川内市)の木質バイオマス発電所。バイオマス資源を活用した発電設備への投資など環境投資、環境ビジネスも推進している。

 

高岡市米島282
0766-26-2401

 


北日本新聞は今年、創刊140周年を迎えました。本対談は、140周年と総合情報サイトwebunプラス開設の記念として展開するシリーズ企画です。

企画・制作/北日本新聞社メディアビジネス局