記念対談は、県内企業・団体のトップが新時代を拓く経営戦略とその思いを語ります。タイトル「自我作古」は前人未踏の分野に挑戦し、待ち受ける困難や試練に耐えて開拓に当たるという、勇気と使命感を表した言葉。「我(われ)より古(いにしえ)を作(な)す」と訓む。出典は元代に編纂された中国の歴史書「宋史」。書は日本北陸書道院の青柳雛理事長。

 

のうさく・ちはる 高岡市出身。神戸学院大卒業後、2008年に神戸市内のアパレル関連会社で通販誌の編集に携わる。11年に能作に入社。製造部物流課長などを経て、16年に取締役に就任。新社屋移転を機に産業観光部長として新規事業を立ち上げる。18年に専務取締役に就任し、能作の顔として会社のPR活動に取り組む。23年3月から現職。

「伝統」根っこに挑戦続ける

 創業100年以上の歴史を持つ高岡市の鋳物メーカー能作は、デザイン性あふれる錫(すず)製品の開発や、異業種とのコラボレーションなどを通し、「伝統工芸」のイメージを大きく覆しています。カフェを併設した工場には全国から観光客が訪れ、結婚10周年を祝う錫婚式も人気を集めています。5代目の能作千春社長と蒲地誠北日本新聞社長が、伝統産業の継承と未来、海外展開などについて語り合いました。


 

蒲地 3月に父の克治氏からバトンを引き継ぎ、社長に就任されました。伝統産業のものづくりの企業を継承した思いや、抱負をお聞かせください。

能作 伝統はずっとつないでいかなければいけないし、守っていく必要があります。能作の根っこであり、土壌であり、だからこそ今の能作がある。父が錫製品に取り組んだり、デザイナーとのコラボレーションを進めたりしたのも、私が旅行やブライダルなどの分野でチャレンジができているのも、全て根っこにつながるストーリーがあるからです。
 父と私、工場長を務める夫の役割分担は常に意識しています。父はデザインやものづくりの才能、行動力があります。私はPRやマーケティングが得意。夫は周りからの信頼が厚く、社内を束ねる力がある。3人でやっているからこそ生まれるものがたくさんあり、今後もこの形で進めていきます。

 

「錫婚式」を文化に

蒲地 結婚10周年を祝う「錫婚式」は能作社長が中心となって2019年にスタートしました。利用客の反応も上々と聞いています。

能作 錫婚式は、基本的に夫婦と子どもだけで行う「家族のためのセレモニー」です。美しさと柔らかさを持つ錫のような夫婦や家族の関係を願い、感謝を伝え、絆を深め合う記念行事として、錫にちなんだセレモニー、錫製食器での食事、錫の記念品作りワークショップの三つのプログラムで構成します。

 元々は錫や錫製品の良さを知ってもらうきっかけになればいいと思い、始めました。これまでに100組以上が錫婚式を挙げられました。利用者のアンケートでは「夫婦の関係性が深まった」「(夫婦で)話す機会が増えたり目を合わせたりすることが増えた」「両親に感謝する機会になった」といった声が寄せられています。人生の節目に関わりを持てる幸せな事業だと思っています。
 本社で錫婚式を挙げられたファミリーの約8割が県外の方です。錫婚式を目的に家族旅行を兼ねて足を運ばれるので、富山県のPRにもつながると考えています。

蒲地 首都圏や北海道での展開も始まりましたね。

蒲地誠北日本新聞社長

能作 JR東京駅にある東京ステーションホテルで「能作×東京ステーションホテル錫婚式宿泊プラン」という宿泊に特化したプランを展開しています。東京駅に飾られている鷲のレリーフをモチーフにしたオリジナル錫製品も作っています。北海道では、結婚式場の運営会社が行う錫婚式サービスを監修する形で、式自体をプロデュースしています。関西のブライダル企業などからも錫婚式事業の引き合いを多くいただいています。
 錫婚式が新しいセレモニーの形として日本の文化になれば、幸せな家族が増えるのではないかと思っています。

マーケティングが鍵

蒲地 昨年5月にオープンした台北市(台湾)の直営店が、台湾で最も権威のある国際的なデザイン賞「ゴールデン・ピン・デザインアワード」で年間最優秀デザイン賞に選ばれました。文化や風土が異なる国・地域で展開する難しさもあるかと思います。

能作 この10年は当社の製品がどこの国にフィットするかリサーチする期間でした。現在15カ国程度と付き合いがあり、直接製品を納めています。徐々に国ごとの好みが分かってきました。
 台湾にスポットを当てたのは、日本人と感性が比較的近い人が多く、日本との距離が近いからです。とはいえ、文化が違うので苦戦しました。特に直営のショールームを設けるに当たって、コロナ禍で現地に行くことができず、日本と台湾のデザイナーがオンラインでやりとりして進めました。調整作業は大変でしたが、結果としていい賞を受けることができました。

 当初は現地向けの商品を作ろうと、台湾のデザイナーを起用し、現地で縁起が良いとされるパイナップルやリンゴをモチーフにしたアロマ関連の製品にチャレンジしました。現在もこれらの製品は扱っていますが、何度も台湾に足を運んでいると、日本と台湾で人々が面白い、素敵だと思う心は変わらないと気付きました。今は製品の魅力をどのように知ってもらうか、PRするかという、マーケティングやPRを考える方が大事だと思うようになってきました。
 国を越えてビジネスを展開するのは面白いことです。台湾の有名日系ホテルとのコラボレーションが既に決まっていますし、他にも計画していることがたくさんあります。コロナ禍が明け、現地に行けるようになったので、速度を上げていきます。

 

蒲地 世の中ではEC(電子商取引)が増えていますが、能作は積極果敢に実店舗を増やしている点に驚かされます。

能作 当社もコロナ禍でECが2.5倍ぐらいに伸びました。さらに伸ばそうとオンライン広告等ECマーケティングに力を入れたんですが数カ月でやめ、3店舗増やしました。見た目や重さ、質感などを直接伝えることで、私たちの製品の価値を実感してもらえると思っているからです。オンラインを否定するつもりはなく、オンラインとリアルの両輪でやっていくからこそ生まれる価値があると考えています。

連携し面で魅力発信

蒲地 業種やジャンルを超えたコラボレーションやタイアップに積極的な印象を持っています。7月1日からテレビ番組「料理の鉄人」でおなじみの五十嵐美幸さん監修のコラボメニューを本社カフェ「IMONO KITCHEN」で提供されています。また今年2月には「食と工芸まなびの美酒ツアー」と題して地元企業を巡る産業観光ツアーを実施され、大盛況だったそうですね。

能作 コラボレーションはすごく大切にしています。特に産業観光に取り組み始めてから、飲食や旅館などこれまで関係を持てていなかった企業と深くつながることができました。点よりは、線や面になった方が、地域の魅力をより強力にお客さまに伝えられる。当社で足りない部分は、他で補っていただけます。
 異業種と仕事をする機会をいただくと、そこからいろんなネットワークが生まれ、次の面白い仕事につながっていきます。五十嵐シェフのイベントは、近くの菌床きのこ生産会社とのコラボレーションがきっかけです。ご縁をいただき、一緒に仕事をする機会があって、そこから五十嵐シェフを紹介してもらいました。

蒲地 今後もいろんな業種とのコラボレーションがありそうですね。

能作 すごく温めたい大きな企画があります。また、これまで当社が手掛けられなかったジャンルや、新たな素材を使うことにも取り組んでいきたいと思っています。錫婚式を日本の文化にするためのチャレンジにもさらに力を入れていきます。

能作社長(左)と蒲地社長(能作 本社前にて)

(7月3日紙面掲載)


 

あの頃の私

 出産と育児で仕事を離れた時、自分が世の中から取り残されたような思いと、仕事ができないもどかしさを日々感じていました。特に長女を産んだ時がつらかったですね。
 父と夫は家に帰ると、会社でその日あった出来事などを話してくれるけど、私は話を聞いているだけで、その場にいられなかったことが悔しくもありました。育児は楽しいし、子供もかわいい。一方で「自分は仕事が大好きだったんだ」と実感しました。育休中に同じような思いをしている女性はきっと多いのだろうなと思います。

 次女が生まれて育休を取っていた時に、自宅で社内報を作り始めました。今思うとリモートワークの先駆けみたいな感じです。家にいても従業員とコミュニケーションを取りたかったし、編集者だった経験も生かせる。会社で何が起きているかを取材して、記事にまとめることでストレスを解消していました。毎月の社内報作りには今も関わっていますよ。

「あの頃の私」では、若手時代の印象深い出来事や仕事への思いを振り返ってもらいます。
育休中の能作社長と長女(2013年)

 

自身も錫婚式を執り行った(2022年)

 


❶2019年から開始した錫婚式は、錫にちなんだ独創的なセレモニー、記念の食事、錫の記念品づくりワークショップの三つのプログラムで構成。非日常体験を通し、夫婦・家族の絆を深め、思い出に残る特別な時間を過ごせる。
ⓒYUCHEN CHAO PHOTOGRAPHY
❷日本と台湾のデザイン・技術・観光交流の拠点として台湾にオープンしたブランドコンセプトストア「能作台灣品牌概念店」。日本人デザイナーと台湾人デザイナーが協働して創り上げた同店では、能作の錫や真鍮製品をはじめ、共同開発した台湾限定製品の販売も行う。
❸五十嵐美幸シェフ考案の中華料理を本社内のカフェ「IMONO KITCHEN」で、8月末までの期間限定で提供する。錫の器と料理人のコラボレーションにより、新たな価値の創出を目指す。
❹本社工場で行われている鋳物製作体験。長年受け継がれてきた高岡銅器の伝統や職人技術、その背景にある思いを伝える取り組みに情熱を注ぐ。今後も「人と、地域と、能作」をスローガンに、さまざまな事業を通じ、利用客や地域に幸せと豊かさを提供できる会社であり続ける。
 

 


 

 
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