「ファッションの未来はどこにあるのか」。この問いに答えてくれるのが、経済産業省が推進する「グローバルファッションIP創出プログラム」の成果発表の場でした。

 興味深いのは、この事業において、いわゆるファッションらしいファッション、つまり流行を意識した服のデザインや、華やかなコレクション表現が、ほとんど問われていない点です。重視されているのは、「どんな服を作るか」よりも、「どんな価値を生み出す構造をつくるか」でした。

 実際、採択された10組のクリエーターたちの活動は、多くの人が想像するファッションの枠を超えています。植物から色素を抽出して色そのものを開発するプロジェクト。産地に眠る膨大なアーカイブを掘り起こし、新素材へと再編集する試み。デジタル技術と織物を掛け合わせ、これまで存在しなかった表情を生む実験。あるいは、子ども
の成長に合わせてサイズが変わる靴の開発……。

 最初にそれらを見たとき、「これは一体、何なのだろう」と戸惑いました。しかし、じっくりと成果を聴いて確認できたのは、「意味がすぐにわからない事業ほど、新しい価値として尊ばれる」という事実でした。既存のファッションの文脈で説明できるものは、ただのアップデートにすぎない。本当に新しい価値とは、最初は理解不能な形で現れるものなのです。

アルゴリズムを用いた複雑な組織をもつテキスタイル設計を展開する波取(HATRA)。生地が動くように見える

 また、「グローバルファッション」という名称とは裏腹に、この事業の核心は徹底してローカルでした。地域の風土、産地の技術、職人の記憶、そして何より「人」。最終的に価値の源泉は、必ず「人」に行き着きます。どの産地に、どんな人物がいて、どんな思想で仕事をしているのか。そこにしか、模倣不可能な独自性は生まれません。グローバルに通用する価値とは、ローカルに根付く個人からしか生まれないということです。
この動きは、世界的な構造変化とも重なります。かつてはパリや東京といった「中心」に集まることで価値が保証されていました。しかし、いまや情報も市場も分散し、中央集権的なファッションシステムは崩れつつあります。

 結果、力関係も変わりました。近年、ヨーロッパでも日本でも共通しているのは、「工場や産地の発言力が強まっている」という現実です。ものが簡単につくれなくなった時代において、技術と設備を持つ現場こそが、最大の資産となっています。

産地間の連携により、伝統の美に現代ファッションの感性を融合して新たな日本的美しさを創出するKoH T。デザイナーは糀泰佑氏

 だからこそ、「生産背景を語る時代」へと完全にシフトしました。どこで、誰が、どんな工程でつくったのか。それを語れないブランドは、もはや説得力を持ちません。隠す時代は終わり、開示することが価値になる時代になりました。

 今回のプログラムが示したのは、未来のファッションの価値は、「服」ではなく、「関係性」「構造」「物語」に宿るということ。産地と都市、技術と感性、人と市場をどう結び直すか。その編集力こそが、これからのラグジュアリーを決定づけていきます。
華やかな舞台から、地道な現場へ。トレンドから、文脈へ。ファッションの価値創出は、確実に重心を移しています。最前線で起きている変化は、私たちに「装うこと」の意味そのものを、問い直しています。

 中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆・教育・企業アドバイザリーに携わる。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。最新刊『「イノベーター」で読むアパレル全史増補改訂版』(日本実業出版社)。『エレガンス入門』(ちくまプリマー新書)近日発売予定。