
―富山にはよくお越しになりますか。
お正月とお盆は必ず帰省し、可能であれば子どもの春休みにも帰ってますね。2023年にフリーランスになってから、富山での仕事が増え、毎年何かしらのイベントの司会をするようになりました。
―「富山市SDGs推進フォーラム」では、お子さんの話をされていましたね。
娘が2人いて、もうすぐ小学6年生と4年生です。上の子はもう自立し始めましたね。でも、今の時期は乾燥するから、風呂上がりに2人に保湿クリームを塗らないといけないんですけど、自分のことは後回しにするので、私の肌はカピカピになってます(笑)。
―富山で過ごした思い出は。
小学校の時に合唱部で県民会館や富山市公会堂で歌ったり、イベントのパレードで鼓笛隊の先頭に立って指揮者をしたり。そんなことが大好きな子どもだったんですよ。フォーラムで小学生が発表しているのを見ると、懐かしかったですね。
―アナウンサーを目指したきっかけは何ですか。
高校生の頃、テレビが大好きで、将来はテレビに関わる仕事がしたいと思っていました。人前で発表するのが好きだったので、先生から「アナウンサーがいいんじゃないか」と言われ、確かにそうだなと思いました。それまでアナウンサーを職業として意識はしてなかったんですが、自分は新しいものが好きだし、情報をいち早く知ってみんなに伝えられる仕事だと思いました。マスコミの就職に強そうな大学を選び、テレビ局でアルバイトし、アナウンススクールにも行きました。大学時代に打ち込めるものを探していた時に入ったのが、チアリーディングのサークル。私の性格に合っていると思いましたし、就職に有利になるかな、っていう計算も入ってます(笑)。

―印象に残っている番組は。
入社3年目から担当した「めざましテレビ」ですね。大塚範一さんと高島彩さんが司会で、私はスポーツコーナーを担当していました。取材やロケの仕方、スタジオでのコメント、時間の調整などいろいろ学びました。打ち合わせからすごく和やかな雰囲気で、そのまま本番にいく感じでした。時間がなくて、情報が頭に入っていない時があって、スタジオに持って行ったスポーツ紙を読みながらプロ野球の順位について話したんです。すると、放送後に大塚さんが「石本、それはだめだよ」と言われました。当然の話なんですけど、自分で調べたことを伝えるのが仕事であることを改めて教えられました。
―アナウンサーとして大事にしていることは何ですか。
「人間力」を大事にしようと、昔から思ってます。いくら取り繕っても、画面を通すと、普段の性格が出ちゃうんですよ。アナウンスの技術を高めることはもちろん
