宮城県の南部、丸森町にある大蔵山。正面には蔵王連峰、反対側には牡鹿半島と太平洋がうっすらと見えます。ここに伊達冠石をテーマとするスタジオを展開する山田能資(たかし)さんに、ロンドンのセントジェームズパークの3倍の広さがあるという大蔵山をご案内いただきました。

 一つとして同じ形のない「石」たちが、素材というより、ありのままで完成されたアートとして、風景に溶け込み、スピリチュアルにも感じられる時空をつくっています。約2千万年を生きてきたそれぞれの石は、高価なアートとして世界中の一流ホテルや富豪の邸宅に飾られます。

蔵王を臨む広大な大蔵山に採掘され適度に磨かれた石がアート製品として置かれている

 山田さんは家業の石材業を継いで5代目です。彼は家業を一度、根底から疑い、家業の意味を創りなおし、今のビジネスを築き上げることで、逆説的に家業を「守り」ました。

 石材業とは本来、用途と規格に従い、効率よく素材を供給する産業です。墓石、建材、インフラ。創造性や思想が入り込む余地はほとんどありません。山田さんが代表に就任したとき、家業はビジネスモデルにおいて典型的な石材会社でした。

 彼が最初に行ったのは、改善でも刷新でもなく、前提の解体でした。社名から「石材」を外し、「大蔵山スタジオ」と名乗る。石を売る会社であることをやめ、山そのものを思考の単位に据え直す。これはブランディングというより、経営上の思想転換でした。自社を産業から思想へと転換させたのです。

石で作られた未来的なオブジェの前で解説をする山田能資さん

 さらに画期的なのは、採石後の山を事業の中心に据えた点です。採石業において、掘り終えた場所は通常、価値を失います。しかし大蔵山では、削り尽くした跡地に緑を戻し、文化活動の場として半世紀にわたり育ててきました。彫刻家や建築家を招き、音楽や舞踊が響く空間を育ててきました。劇場としても使われる円形の場や、個性的な建築が点在する風景は、先代から半世紀にわたる試行錯誤の蓄積そのものです。これは短期的な利益を犠牲にする決断であり、KPI(重要業績評価指標)では測れない価値への投資です。

 山田さんは家業を否定したのではありません。むしろ、石材業が本来内包していた課題、すなわち「自然から何かを得るなら、どう返すのか」という問いを極限まで突き詰めたのです。だからこそ、世界の建築家やアーティストが集まり、極めて高度な要求がこの山に持ち込まれています。結果として、技術力も、ブランド力も、国際的な信頼も獲得してきました。

 磨きすぎない。語りすぎない。石の無垢(むく)な表情を残す判断は、見る側の感覚に委ねるという覚悟でもあります。だからこそ、ここには「感じ、考える余白」があります。

巨大な伊達冠石をそのまま生かした建築は、劇場としても使われる

 これからのラグジュアリーには、どれだけ足したかではなく、土地や時間に対するどれだけの責任を引き受けたかも問われます。どれだけ慎重に、未来へ手渡そうとしているか。その態度そのものが、価値になる時代に入っています。

 大蔵山での感動の源は自然やアートではありませんでした。経営が未来のラグジュアリーに関する思想をもったとき、ビジネスはここまで深く広く新しくなり、世界を巻き込むことができる、という証しに触れたことにありました。

 中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆・教育・企業アドバイザリーに携わる。青山学院大学客員教授。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。YouTubeでのスーツ解説レクチャーシリーズも好評。最新刊『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)。