黄色いおけで知られる「ケロリン」から、本が生まれる。内外薬品社長で演劇研究者の笹山敬輔さんが出版レーベル「ケロリンBOOKS」を立ち上げる。大衆芸能や娯楽の歴史を一冊ずつ丁寧に編み上げる試みだ。なぜ今、本なのか。なぜ大衆芸能なのか。その理由は意外にシンプルだった。(田尻秀幸)

―解熱鎮痛薬ケロリン100周年から出版レーベル創刊へ、という流れにはやや飛躍もあるように感じます。きっかけは何だったのですか。

 きっかけは解熱鎮痛薬ケロリンの100周年を記念した『ケロリン百年物語』(文藝春秋刊)を出したことです。あの本を作る過程で、誰に執筆をお願いするか、どう構成するかを編集者と一緒に考えて、本作りの楽しさを知ってしまった。萩本欽一さんをはじめ、各界の識者にお話を伺うなかで、こうした証言をしっかり文章で残していくことの意義も感じました。

出版レーベルを立ち上げる笹山さん

 ただ、昨今の出版事情ではいろいろな企画が通りにくくなっている。そりゃ大泉洋さんや堺雅人さんのようなメジャーな作品で主役をやる人の本ならどこの出版社でも出すんでしょうけど、そうでないものは難しい。重要な人物の自伝や評伝であっても、経費がかかって売れ行きが読めなければ企画が通らない。大手が出すべき本を出してくれないなら、文化事業として自分でやろうと考えたのが出発点です。

―笹山さんご自身、2年に1冊ほどのペースで著書を出されています。それでも足りないと。

 ゼロから本を企画する楽しさは執筆だけでは得られないものですよ。自分の本だけでは限界がある。自分で書きたいものもあれば、自分では書けないけど誰かに書いてほしいもの、重要なのに誰も手をつけていないものもある。

100年の節目を迎えたケロリン

 書き手を見つけてお願いするのは初めての経験で、いわばひよっこ編集者です。でも企画を立てるのは意外と楽しい。類書が山のようにあるものは出さず、大きな存在なのにあまり書かれていないものを中心に、歴史を語るうえで欠かせないかどうか、そして自分が読みたいかどうかでラインアップを組んでいます。自分が動かなければ世に生まれなかったかもしれない本だと思えば、やりがいはありますね。

大衆文化を語り継ぐ

―なぜ「大衆文化」に特化するのですか。

 ケロリンに引きつけるなら、薬にしろ、黄色のおけにしろ、大衆の生活に根づかなければ100年残らない。人々の生活に大きな位置を占めてきたものが大衆芸能であり大衆娯楽であって、そこを通じて時代が見えてくる。

 ただ一方で、大衆文化はどれほど喝采を受けようとも、語り継がないと忘れられていく。たとえば新国劇。緒形拳がいた劇団ですけど、創始者の沢田正二郎から始まる歴史や、作品はかつて人々に深く親しまれていた。けれど劇団がなくなった今、どんどん忘れられていく。

ケロリンの顔である黄色いおけ

 記録を残す意思がなければ、ほんとうに見る手段がなくなってしまう。だからこそ、その時代を知る人に自伝で語ってもらいたいし、評伝や歴史書も出していきたい。将来、ある芸能やジャンルについて知りたいと思った人が手に取れば必ずたどり着ける、そういう決定版を1冊ずつ作っていくつもりです。

―出版不況の今、本というメディアを選んだ理由は。

 ウェブは残るようで残らないじゃないですか。皆さんも、気に入っていた連載がサイトの閉鎖でアクセスできなくなった経験が何度もあるのでは? いずれ書籍化するという話があっても、結局実現しないままネットコンテンツは雲散霧消するんです。雑誌に載っていれば少なくとも国会図書館で読めたのに、もったいないですよ。本はモノだから、絶版になっても古本であっても残る可能性がある。

 まあ、40~50年前なら私と同じ志の人は雑誌を作ったんでしょうが、今は難しい。年に2、3冊でも、しっかり読み継がれる本を出していきたい。ケロリンおけは一過性の広告ではなく、銭湯に長く置かれることで人々の目に触れ続けて今日がある。「ケロリンBOOKS」でも同じです。本棚や店先になんとなくあることにも意味がある。

―事業としての収支はどう考えていますか。

  トントンが目標です。企業の文化事業というとお金を出すものだと思われがちですが、私の場合はお金だけでなく自分の時間も出している。編集作業を自分で担い、原稿を書くこともある。私の人件費をゼロにすることで成り立つ構造です(笑)。

 出版事業のリスクってそこまで大きくないんですよ。たとえば地域のスポーツチームのスポンサー料が年間1000万円だとすれば、同じ金額で本が3冊作れる。いい本を出せば書評に取り上げてもらえるし、そこでケロリンBOOKSという名前が人の目に触れる。瞬間風速的なものよりも、5年後、10年後に手に取ってもらえるものを作りたい。短期の収益で判断しなくていいのが、スポンサー付きの事業のよさだと思っています。

―初めて参入する出版の実務面はどう準備されたのですか。

 正直なところ出版事情には疎かったので、素人の思いつきで進めていいのかどうかもわからない。これまで世話になってきたフリーの編集者や一人出版社の社長にもアドバイスを頂いています。小規模でもできる取次や流通の仕組みを教わって、大変だけどやれると分かった。自社の通販サイトもありますしね。

 

―プレスリリースに「公平さよりも偏愛」という言葉を書いていますね。今売れるものではなく、作りたいものを作るという決意を感じます。

 もともと芸術はパトロン文化から出てきた。ヨーロッパの貴族が支えていたものが次第に公共に移り、博物館や美術館が公的に運営されるようになると、税金を使う以上は説明責任や公平性が求められる。大学の研究にしても、文系理系問わず、役に立つのか、説明責任を果たせと言われる時代です。

 でもそういう公平性の論理は、文化的な営みとは合わない面がある。大衆芸能の研究なんて、なぜやるのかと聞かれたら「好きだから」で終わるんですよ。自分のお金で好きだからやっている。落語マニアが記録を残し、歌舞伎好きが見たものを書き残してきた。そうした在野の蓄積の上にアカデミズムの研究も成り立っている。だから偏愛を大事にしたい。製薬事業を担う富山めぐみ製薬ではなく、私の裁量で動ける内外薬品の事業としてやっているのも、そこに理由があります。公平性や説明責任を求められる場では、こういう研究はなかなかやれないジャンルだと思いますから。

佐野史郎さんを選んだ理由

―今年、刊行するラインアップは3冊です。佐野史郎さんの自伝を第1弾にした理由は。

 佐野さんは60〜70年代のアンダーグラウンドカルチャーを体現した人です。唐十郎の状況劇場にいて、水木しげる、つげ義春を愛好し、もともと美学校で絵画を学んでから演劇に入った。まさにカウンターカルチャーの申し子のような趣味趣向をお持ちです。

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