時代を超えて愛される名刀を生み出し、多くの謎を残す富山ゆかりの郷義弘。その希少な刀がゲーム『刀剣乱舞ONLINE』では、アイドルのような戦士に生まれ変わり、学芸員もファンも熱い視線を送る。刃文のきらめきは、さらなる二次創作を生み出す。

専門家も人気を歓迎

 刀剣の専門家も『刀剣乱舞』の人気を歓迎する。刀剣を専門的に扱う秋水美術館(富山市)の主任学芸員、澤田雅志さんは「刀は文化の鑑。刀剣乱舞は現代の刀の一つの扉ですよね。ここを入り口に本物の刀に関心を持ってもらいたい」と語る。ゲームで郷義弘の作が注目されていることも喜ぶ。

秋水美術館の主任学芸員、澤田さん。「刀剣乱舞の人気は大歓迎。ゲームから刺激を受けて、刀工を目指す若者もいるだろう」と話す

 澤田さんが郷について特筆すべきと考えるのは、在銘の刀が今のところ一振も見つかっていない点だ。「郷の師匠である正宗も、大きな太刀には銘を入れない傾向がありました。郷もそれにならったのかもしれません。それとは別に当時は高位の武士に刀を納める際、自分の名前を刻むことをはばかったという説もあります」と説明する。

 仮に在銘の刀剣が存在していたとしても、時代の流行や実戦での使いやすさを求めて「磨上げ(すりあげ)」で短くされて削り落とされた可能性も高い。

刀「無銘 伝江 郷義弘」 鑒定本阿弥長識(花押)と朱銘がある リードケミカル株式会社(秋水美術館)蔵

 郷は20代後半の若さで亡くなったとされ、残した刀はそう多くない。その希少性が郷の存在を伝説にした。

刃文が明るく冴える

 澤田さんは「郷の刀は師匠の正宗よりも刃文が明るく冴えていると評価されていました。刃先に刃文が踊るように刻まれた独特の作風が、美術的価値を高めていたのです」と言う。

 郷の作風は、相模国で発展した正宗系の相州伝をベースにしつつも、奈良で興隆した大和伝の要素を含んでいた。

 地鉄に細かな粒子状の輝きである「地沸(じにえ)」が顕著に見られ、独特の立体感と深みがある。さらに柾目肌(縦に切った木材のような平行な模様)が際立つ。他の刀工の作品とは一線を画した美しさで、所有者の権威や格式を示す象徴となった。

 徳川将軍家は名物の刀剣収集に力を入れたが、その中でも郷の作品は特別な存在として扱われた。当時はどんな刀を持つかが、家格を反映した。家格は社会的ランクや政治的な立場を示す。大名にとって刀は権威の象徴だった。

 澤田さんは「大名であれば郷の刀はのどから手が出るほどほしい。いわゆる『折り紙付き』の名品でしたから。現代の価値に換算すれば数億円はくだらない価値があったでしょう」と言う。

郷はなぜアイドルに選ばれたのか

 名刀と呼ばれる刀剣は数多くある。『刀剣乱舞』でも、次から次へと登場する。その中で郷の刀が歌って踊れる付喪神、つまり「アイドル」的な存在として表象された。それはなぜなのか。

郷の刀を題材にしたキャラクターたち
『刀剣乱舞ONLINE』©2015 EXNOA LLC/NITRO PLUS

 ゲームの大ファンである富山市の歌人、黒瀬珂瀾さんは興味深い分析をする。

 「まず天下三作だから、やっぱりスター性があるってことですね。その上で天下三作の中では、一番若いのが郷なんですよ。それに正宗は存在が確立しすぎて大御所っぽい。粟田口吉光は短刀ばかりだから、イラストで表現しようとするとかわいらしくなってしまう。すると、郷が一番ピチピチしてイケメンっぽいっていう感じでしょう。だから郷の刀剣がアイドルのように描きやすかったんじゃないでしょうか」

歌人が詠む江への想い

 黒瀬さんは『刀剣乱舞』に触発された短歌も数多く手がけ、同人誌で発表している。ゲーム中の郷の刀剣への思いを託した歌も詠んでいる。たとえばこんな一首。

  禁欲の青銅(あをがね)色の五月来て篭手切江よ恋は斬れるか

 

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