名刀を題材にした育成シミュレーションゲーム『刀剣乱舞ONLINE』が今年10周年を迎えた。サービス開始以来、歴史に伝わる刀剣が見目麗しい戦士として蘇った「刀剣男士」と呼ばれるキャラクターたちは、多くのファンを獲得。これまでは高齢男性の来場が目立った刀剣の企画展に若い世代を呼び込むなど文化現象にも影響した。さらに漫画やミュージカルなど多メディアに展開し、ゲームの世界観をぐっと広げる。そのゲーム内で「江(ごう)」と呼ばれる一群の刀剣男士がいる。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した富山ゆかりの刀工・郷義弘の作品群だ。富山が生み出した刀剣の魂は、時を超えて輝き続ける。

 再注目される郷

  郷は新川郡松倉郷(魚津)で生まれた刀鍛冶だ。20代後半の若さで夭折したが、約400年後の江戸時代、徳川吉宗の命で刀剣の目利きの本阿弥家がまとめた「享保名物帳」で、郷、相州正宗、粟田口吉光の作品は「天下三作」と呼ばれ、名をはせた。

  今も県内に名残がある。魚津市の松倉城跡(標高約430㍍)へ続く林道途中には「郷義弘顕彰碑」が設けられている。車1台が走るのがやっとという道路を通り抜けると、ひっそりとたたずみ、歳月の風に耐えている。

魚津市松倉地区にある「郷義弘顕彰碑」

 現在、郷の刀は2振が国宝、5振が重要文化財に指定されているが、郷の顕彰碑が設けられたのは、「正宗十哲」、すなわち正宗の高弟10人の中では最後だった。専門家やコレクターに高く評価されていたとはいえ、つい最近までは知る人ぞ知る存在だったと言える。

 それが今ではちょっと違う。評価と知名度が大きく高まっている。

名刀が戦士に姿を変える

 郷が生み出した名刀たちが今や、2015年に登場したPCブラウザゲーム・スマホアプリ『刀剣乱舞ONLINE』の中で躍動しているのだ。

2015年に登場したPCブラウザゲーム・スマホアプリ『刀剣乱舞ONLINE』

©2015 EXNOA LLC/NITRO PLUS

 ゲームは歴史上の名刀をモチーフにした「刀剣男士」たちが登場する育成シミュレーションもの。サービス開始から10年を経た今も人気は高まる一方で、累計ユーザー数は今年3月に1,400万人を突破。2.5次元展開の核となるミュージカル版もシリーズ観客動員200万人を超えた。画面とリアルを往復する多層的なコンテンツがファン層を広げている。

 さまざまなイラストレーターの手によるキャラクター(童顔の美少年から、頼りがいのある筋骨隆々な男性までと幅広い)のそれぞれに男性声優が充てられている。いずれのキャラクター設定も実際の歴史や伝承とどこかで結びついているという仕掛けが魅力の一つだろう。

 たとえば、粟田口吉光作の「秋田藤四郎」という短刀は、歴史上の持ち主だった秋田実季のエピソードを参照しているとみられる。実季は長年幽閉され、失意のうちに人生を終えた。そういうエピソードもあってか「外に出られてワクワクします」という時折口にするせりふが愛おしくも、意味深く思える。間口が広く、奥深いゲームだ。

キャラ同士の関係性に注目

 富山市の歌人、黒瀬珂瀾さんも熱心なファンの一人で、テーブルの上を埋め尽くすほどグッズも持っている。

『刀剣乱舞』の大ファンという黒瀬さん。早口でゲームの魅力を語る

 そもそも黒瀬さんはゲーム以前に歌人として刀剣に興味を持っていたという。短歌という歴史ある文学に打ち込む中で、日本の伝統文化の基盤を学ぶ必要性を感じていた。

「短歌を始めた時、古美術の実物をしっかり見ようと考えました。和歌と工芸品って密接な関係があるから。例えば刀の装飾も源氏物語がモチーフになっているものもある」

 確かに和歌と工芸品は、宮廷文化を軸に呼応しあいながら、日本の美意識を培ってきた。貴族は扇に恋歌を書き連ねた料紙を貼ったし、本阿弥光悦は硯箱に和歌の文字を散らした。黒瀬さんは「戦後短歌はそういった文化背景をないがしろにしてきた」と言う。だからこそ、現在流行しているゲームが刀剣の歴史や文化的背景を丁寧に下敷きにしていることは驚きであったという。

 黒瀬さんは一昨年、ガラケーをスマホに替えてからゲームにはまった。ゲームに「実装」されている刀剣男士は全て集めた。「大所帯だけど、みんなかわいい」と笑う。

 その中でも、お気に入りのキャラクターがいる。

 「江(ごう)」と呼ばれる一群の刀剣男士だ。彼らは全て、富山ゆかりの郷の作として伝わる名刀がモデルとなっている。

 ゲームに現在組み込まれている郷の刀剣は篭手切江、豊前江、桑名江、松井江、五月雨江などの8振。いずれも「江」の文字を冠している(“郷”の字の草書体が“江”に似ているためという説がある)。

 郷の刀は希少なため、刀剣ファンの間では「郷とお化けはみたことがない」とよく言われる。そのせいか、「豊前江」は「疾(はや)過ぎて見えねーだけかもしんねーぞ」と話し、バイク乗りのようなファッションに身を包む。

 農家の神棚に祭られていたことに由来してか、「桑名江」は農業が得意だ。「五月雨江」は俳句好きという設定を与えられている。風流な名前を意識したようだ。

 「歴史的に見れば鎌倉時代の刀なのに現代的な設定が与えられています。一見すると奇妙ですが、刀の来歴や伝承と絶妙に結びついている面白さがあるんです」 

ライダースジャケットのような上着を着る豊前江 『刀剣乱舞ONLINE』 ©2015 EXNOA LLC/NITRO PLUS

 黒瀬さんがもう一つ注目するのは関係性である。

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