くつ下をはいたら足がよろこんだ。ウールとカシミヤがあたためてくれたのである。冷たい廊下を歩いたことで、廊下と足の温度がおそろいになっていたのだ。

 このように人間は、寒くなるとからだに毛をまといだす。セーター、ウールスカート、コート。手袋、耳あて、帽子、マフラー。冷たい空気に肌が見つからないよう、次々とからだを隠していく。

 すべて身につけたら準備完了。ずいぶんあたたかくなった。

 姿見を見てゾッとした。ずいぶん膨らんでいる。着膨れだ。

 街へ出ると、行き交う人みな膨らんでいた。ぼーっと眺めていたら、背後からいきなり声をかけられた。驚きのあまり首が縮んだ。

 恐る恐る振り返る。見つめること3秒、頭の中に「だれ?」の文字がゆっくり浮かんだ。ニット帽を目深にかぶり、マフラーで鼻まで覆っている。まるで忍びの者だ。そして、たぶん膨らんでいる。

 話をしているあいだ、いろんな人の顔が頭の中に登場しては退場していく。

 話し終わる頃になってやっと、忍びの正体を見破ることに成功した。忍ぶつもりがないのなら、眉間のすこし上あたりに顔写真を貼っておいてもらえるとありがたい。

 膨らむのは人間だけではない。動物は寒くなるにつれて、密度が荒く通気性のよい夏毛から、密集して保温性の高い冬毛に生え変わる。動物も冬になると膨らむのだ。

 進化によって体毛が減り動物の毛に頼っている人間としては、自分の身一つで防寒できる動物に強いあこがれを抱いている。だが、動物のように全身毛だらけになることはむずかしい。だからこれからは、冬服を冬毛、夏服を夏毛だと思うことにしよう。

 冬には膨らんでいた我々も、夏になるにつれてしぼんでいく。

 膨らんで、しぼむ。わたしの大好きなちくわの磯辺揚げみたいだ。揚げている時はぽんぽんに膨らんでいるのに、食べる頃にはしわしわにしぼんでいる。ちくわは、冬が来てすぐ夏が来るのだ。

イラスト:yuki narita

 そのスピードにはかなわないが、人間も動物も膨らんではしぼんでを一生の中で繰り返している。生き物はみな、ちくわなのだ。

 雪がちらつく街では、会う人会う人ダウンを着ている。行き交うとりどりのダウンを見ているうち、ふと、なにかに似ているなと思った。布団だ。

 わたしたちは布団の中で眠り、布団から起き出て、また布団を着て外へ出かけるのだ。冬が近づくにつれ、どこからともなく布団を着た人が街に出現する。人は寝ながら起きていて、起きながら寝ているのかもしれない。

 思いきり膨らんだちくわが布団を着て、寝ながら歩いている。そう想像すると、なんだか心があたたかくなって、全身がよろこびはじめた。

 しま・ふうか
1999年3月生まれ。黒部市在住。歌人。2022年に第1歌集「すべてのものは優しさをもつ」(ナナロク社)を刊行。