絶滅の危機から脱したハクトウワシ、インカ以前にアンデスを支配した帝国、古代ギリシャ黄金期の難破船の発掘。科学雑誌『ナショナルジオグラフィック』は探検家や研究者が切り開いた世界の一端に触れさせてくれる。
地球中を冒険し、森羅万象を縦横無尽に取り上げる誌面にスペシャルな世界観を与えるのは、表紙の黄色い枠線だ。100年以上続く伝統のデザインだという。書店の棚でも独特の存在感を放つ。あの黄色い縁取りは世界の知的な窓として映る。

さて芸術家が冒険するのは地球ではなく精神だろう。現代美術家の河口龍夫は「関係」によって世界を観察し、目には見えないものを提示しようと挑戦し続ける。河口も黄色を愛用する。その黄色は困難な時代において「それでも」と生命を祝福し、希望の光に満ちる。
本作もまぶしさを感じるほど真っ黄色に着色されている。黄色いオブジェの正体は、黒部市美術館の模型である。2018年に同館で開いた企画展「河口龍夫ーちのこうやー」の際に展示された。その中に収められているの は、蜜蝋で封印された企画展の図録である。冊子には蓮の種が銅線で結ばれる。図録が一冊の図録に終わらず、企画展が一つの企画展に終わらず、作品から何かが発芽して空へと伸びているかのようだ。
鮮やかな黄色の正体は硫化カドミウムである。(常温で揮発することはなく、展示作品の危険性はないものの)毒性もある。生命の輝きを象徴するような黄色が死にもつながると思うと面白い。生が死を内包していることを鮮やかに意識させる。
美術館も死と生が交錯する場所だ。多くの美術館は時間の流れを止めたかのように作品を保存し、展示する。会期中の作品はどこにも行けず、静かにとどまり続ける。しかし、そこに今を生きる鑑賞者が訪れれば、新たな関係性が誕生する。
黄色い美術館から伸びる芽が、この後どこに向かうのか。誰と出会うのか。 (田尻秀幸)
会 場:黒部市美術館
会 期:開催中〜10月6日(日)
開館時間:9:30〜16:30(入館は16:00まで)
休館日:月曜日 料 金:一般500円(400円)、高校・大学生400円(300円)
( )内は20名様以上の団体料金 *中学生以下無料 *障害者等手帳をお持ちの方と付添1名無料
問い合わせ: 黒部市美術館 TEL.0765-52-5011