多くのファッションショーは実質、15分前後で終了します。その間、スピーディーに歩くモデルたちが何十着もの服を見せていきます。短くも長くも感じられる時間のなかで、「飽きる」ことが時折、あります。おそろしいことですが、美には「慣れる」ことがあるのです。

一方、桂由美さんのショーは1時間以上続き、ドラマ性のある演出のもと、たっぷりと衣装を見せていきます。メインテーマはほぼウエディングドレスなので、こちらのほうが飽きそうに思われるでしょうが、不思議なことに、毎回、生命力が高揚するような発見や喜びがあります。セレモニーのあらゆる場面に新しい可能性を見いだし、前衛に走りすぎず新鮮に、マンネリに陥らず王道を行きながら、観客に夢を見せてくれるのです。
幾多のショーのなかでも強く記憶に残るのが、2020年のショーです。ただでさえ結婚式を挙げるカップルが減少しているのに、コロナ禍まで襲来した年です。ウエディング業界も大きな打撃を受けました。
そんな中、桂由美さんが提案したのはホワイト・アニバーサリー。花嫁でなくても、人生の節目を白いドレスやスーツを着て祝おう、という意図がこめられています。成人式や起業式、クリスタル婚式(結婚15周年)、パール婚式(30周年)、エメラルド婚式(55周年)といった記念日を迎えるリアルな人がモデルです。多様な年齢、立場の男女が足元を踏みしめながら顔を上げて一歩ずつ歩く姿には心がふるえました。桂さんのメッセージが畳みかけられます。
「最悪に見える状況のなかでも、私たちは幸福を分かち合うこと、愛を育てていくこと、支え合うこと、成長することができる。そんな人間としての尊厳を、世界が苦境にあるからこそいっそう大切にしたいと思います。一生に一度の神聖な節目は、堂々と祝いましょう。新たな門出に立つことができたこれまでの努力をねぎらい、より強い未来を創る覚悟を決めるために、神聖で清らかな光を放つ白いフォーマルウエアを着て、晴れやかに祝いましょう」。桂さんから無限に湧き出る創造力の源泉に触れる思いがしました。
今年もショーが開催されたばかりでしたが、大型連休の直前に桂さんは94歳で旅立ちました。婚礼衣装の97%が着物だった時代に起業して日本にウエディングドレスを普及させ、30を超える国でショーをおこない、友禅や西陣といった日本の豪華な素材を世に広めることにも貢献しました。今後は桂さんを30年間支えてきた3人のスタッフによってブランドが継続され、桂さんのスピリットは未来に受け継がれていくでしょう。なんと豊かなデザイナー人生でしょうか。
一つ一つの節目を祝い合いながら、地道に未来への種をまき、継承の地盤を整えること。シンプルで骨太な姿勢ですが、それこそが持続する豊かさの王道でもあることを作品と生き方から教えていただきました。ご冥福を祈ります。