今年の2月、京都府主催のZET(脱炭素テクノロジー)サミットに登壇した際に、スパイバー社の開発したタンパク質素材「ブリュード・プロテイン™繊維」で作られた服を着る機会がありました。柔らかな質感で着心地は快適、近未来的な繊維の表情にも感銘を受けました。何よりも、バイオテクノロジーで作られたタンパク質繊維を、最後には微生物に分解させ、そこから再びブリュード・プロテイン™を作るという循環型ものづくり研究に未来への希望を見ました。廃棄される衣料品は地球環境汚染の大きな原因となっていますが、バイオ繊維が主流になれば、廃棄衣料が生む諸問題は激減するのですから。
ファッションの未来を救うテクノロジーだと直感し、山形県鶴岡市のスパイバー社に取材に行きました。私の関心の入り口はタンパク質繊維だったのですが、会社を興した関山和秀さんの展望を伺ったところ、そのビジョンは、私の想定をはるかに超えて大きく、人類全体の本質的な幸福、世界平和の実現でした。

関山さんの原体験は、高校1年のある日、ルワンダ虐殺のドキュメンタリーを見たことにあります。同じ地球に住む人々が、資源を巡る争いで殺戮をおこなう現実に直面し、なぜこんなことが起きるのか?と考え始めます。歴史を学び、限られた食べ
物や水やエネルギーに対する人々の不安が戦争への引き金を引くのだという結論にたどり着きます。
ではどうしたらそんな不幸を生むリスクを減らせるのか?水や食料やエネルギーといった資源に関する課題解決に尽力することが普遍的な価値を生むことにつながるのではないか?

そうした地球規模の課題解決にこそ自身の有限な人生の時間を使う意義があると信じた関山さんは、高校3年の夏、行動を起こします。エネルギー問題や食糧問題を解決するために黎明期のバイオテクノロジーの研究をしていた慶應義塾大学の冨田勝教授にアプローチし、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに入学して冨田教授の研究室に入ります。2年からは鶴岡市の先端生命科学研究所で本格的にバイオの研究に取り組むことになるのです。
関山さんらは慶應初のバイオベンチャー企業「スパイバー」を創業します。ニーズに応じた遺伝子を設計し、それを組み込んだ微生物に植物由来の糖を与え、そこからタンパク質を生み出すという人工合成による構造タンパク質素材「ブリュード・プロテイン™」の量産化に世界に先駆けて成功します。この基盤技術は、現在すでに実用化されているアパレルや化粧品(マスカラ繊維など)のための新素材を提供するだけのものではありませんでした。むしろ、輸送機器などの製造業、農業、エネルギー産業をはじめ、全産業において革新をもたらす、人類全体にとって重要な技術として開発されているのです。
関山さんの強い信念と情熱は、世界中から支援者を引き寄せ、これまで約1100億円の資金調達を成功させています。創業当初は批判を受けることもありましたが、そんなことは人類の進歩にとって「誤差」にすぎないと関山さんは達観します。ビジョン実現のためには50年、100年という長いスパンでの取り組みが必要と見ています。真の持続的な人間の幸福のために、未来を生きる人たちにバトンをつなげる存在でありたい、という言葉には、小さな悩みなど大きな幸福にとっての「誤差」として吹き飛ばすパワーがあります。