ゴールデンレトリバーが見えた。

 走行中の車の助手席から窓の外を眺めていたときのことだった。

 ゴールデンレトリバーは、黒くて四角いおしゃれな一軒家の玄関前、敷き詰められた砂利の上にふせをしていた。かわいい! とてもかわいい!

 ちらっとしか見えなかったのだが、じっくり見たかったので振り返ってもう一度見た。

 ゴールデンレトリバーはいなかった。

イラスト:yuki narita

 そこにいたのはチノパンを履いたおじさんであった。あろうことか、チノパンを履いたおじさんをゴールデンレトリバーと見間違えたのである。もっと見たいと願うほどかわいかったあのゴールデンレトリバーの正体はチノパンだったのだ。

 それから一週間。

 ドラッグストアに行ったときのことだ。

 買い物を終え店を出ようとしたわたしは、出口の脇にゴールデンレトリバーがふせをしているのを発見した。そのあまりのかわいさに思わず駆け寄らずにはいられなかった。

 だが、そこにいたのはまとめて置かれた5本の木材であった。

 どうやらわたしは、ベージュのものが地面付近にあるとゴールデンレトリバーだと思ってしまうらしい。

 たしかに視力が低下している自覚はある。   

 そういえば、人間の視力の最高はどのくらいなのだろう?

 調べたところ、諸説あるが人類で一番視力が良いのはアフリカのタンザニアに暮らす部族らしい。その視力はなんと11・0。ビルの14階から地面に立てて置かれたパスタ麺の本数を数えられるくらいだそうだ。
 すごい。わたしならパスタ麺の塊をゴールデンレトリバーだと思ってしまうに違いない。

 この視力、良くするには一体どうしたらいいのだろうか?

 目に良いとされるものといえばブルーベリーが有名だ。他の食べ物ではブドウやナスなど、とにかく紫色のものが良いらしい。おいしく食べられて体にも良いなんて、こんなにありがたいことはない。

 自然はすばらしいと最近よく思う。

 野菜の旬はすごい。旬のものは、その季節のわたしたちが必要とする栄養素を豊富に含んでいるのだ。そうしたもののおかげでわたしはここまで育ち、いま生きていられるのである。

 「大根どきの医者いらず」「りんごが赤くなると医者が青くなる」なんて言葉があるが、本当に上手いことを言ったものだなと思う。

 感心していると、青くなった医者が赤いりんごを食べるシーンが頭にうっすらと浮かんできた。

 青と赤。

 足すと紫になるではないか。たちまち脳内が紫に染まり、なんだか目が生まれ変わったような気がした。

 さっそく障子を開けて窓の外を眺めてみると、畑の隅にゴールデンレトリバーが二匹ふせをしているのが見えた。

しま・ふうか
1999年3月生まれ。黒部市在住。歌人。2022年に第1歌集「すべてのものは優しさをもつ」(ナナロク社)を刊行。