卵焼きの旬は秋だ。

 小学生の頃、運動会の楽しみは競技より弁当だった。

 母が作ってくれるその弁当は、見に来た家族や親戚も食べられるようにと、三段のお重に入れられていた。

 栗ご飯のおにぎりに梨やぶどうなど旬のものが並ぶ中、おかずの段の半分ほどを占領していたのが卵焼きだった。

 今でも秋の風の中に立つと、黄金に輝くあの卵焼きがうっすらと浮かんでくる。

 だからわたしは勝手に、卵焼きの旬は秋だと決めているのだ。

 その流れから、くるくるっと巻いて層になっているものはみんな卵焼きの仲間とみなし、秋が旬だと思っている。 木目なんかはたまらない。家具やフローリングなどを見ているだけで一日が終わっていたなんてこともザラである。

 年輪そっくりなバームクーヘンもすばらしい。

 そんな中でも一番のお気に入りはクロワッサンだ。

 おいしいのはもちろん、もう一つ特別な理由がある。クロとわっさんに会えるのだ。

 クロとわっさんとは、クロワッサンを食べたときだけ頭の中に登場する二人組である。クロは名前のとおり黒い毛が美しい犬、わっさんはその飼い主であるおじいさんだ。本名を和一郎といい、グレーのあごひげが仙人を思わせる。

 クロはわっさんの友達の家に生まれた子犬の中の一匹だった。二人の記念すべき初対面の日、わっさんがクロの頭を優しく撫でながら「クロ」と呼ぶと、クロは小さい体から想像もできない大きな声で「にゃーん」と言ったらしい。

 わっさんはこのエピソードがお気に入りのようで、会うたびに聞かせてくれる。

 歩くときは杖をついているわっさんだが、クロの散歩は欠かさない。クロもそのことを理解していて、わっさんの歩みに合わせて寄り添うように歩いている。

イラスト:yuki narita

 さて、この現象にはもう一つのパターンがある。

 シロとわっさんである。

 わっさんは据え置きのまま、ときどき犬だけが毛が白色のシロに変わるのだ。

 不思議に思っていたのだが、あるときふと気づいた。クロはパン屋のクロワッサンを、シロはスーパーのクロワッサンを食べたときにそれぞれ現れるのだと。

 二つを比べてみると、なるほど、パン屋の方は茶色が濃い。一方、スーパーの方は少々薄めで、クロワッサンというよりシロワッサンっぽいのだった。

 この法則に気づいてからは、偏りなく会えるよう、今日はスーパー、明日はパン屋といった具合で交互に食べている。

 待てよ。

 クロワッサンとシロワッサン、同時に食べるとどうなるのだろう?トリオで登場か?はたまたクロとシロにわっさん二人のカルテットなのか?

 今度、挑戦して確かめてみようと思う。

しま・ふうか/1999年3月生まれ。黒部市在住。歌人。2022年に第1歌集「すべてのものは優しさをもつ」(ナナロク社)を刊行。