兵庫県丹波市山南町の大自然のなかに、西日本最大級のドッグラン、林道トレイル散歩、サウナ、カフェ、ヴィラ、そしてキャンプ場を含む1万6000坪の複合施設「グランド・ロック・キャッスル」が誕生します。

丹波市山南町に誕生するグランド・ロック・キャッスル。9月17日にオープンする

 人間と犬が大自然の中で健康に過ごすことができるフィールドの開拓を仕掛けたのは、岩城紀子さんです。安全でおいしい食のセレクトショップ「グランド・フードホール」をはじめ、食に関する数々の事業によって関西で絶大な敬意を受ける実業家です。オープン直前の準備期間にお伺いしたところ、地元の大工さんと一緒に作業をしている紀子さんの姿がありました。仕事が終わると家族やスタッフ、大工さんたちとテーブルを囲み、紀子さんがふるまうお料理をみんなで食べるのだそうです。まるで大きなファミリーのようです。

 このプロジェクトを第一歩として、紀子さんは壮大なビジョンを描いています。まずは、一帯の山を買って、村を作ることを目指しています。子供に縁がなかった女性やご夫婦が老後を迎えたときに、安心して暮らせる「居場所」となるような村です。彼女たちが亡くなった時に遺産を預かる財団も構想しています。財団の資金は、18歳で施設を出なくてはならないけれど高等教育を受けて社会の役に立ちたいと願う子供たちのための教育資金として使われます。子供を持たなかった世代と、家庭に恵まれなかった次世代の子供たちとのマッチングのために使われるわけです。

 さらに、老犬ホームも構想しています。犬を飼うと認知症になりにくいことが知られていますが、犬を飼いたい人は、自分のあとに老犬が残されてしまうことがしのびなくて飼いづらい。そこで、飼い主が亡くなったあとの犬を村で引き取るので安心してお飼いくださいという契約をするのです。広いドッグランがあるので、犬も健康になっていきます。ちなみに犬が長生きする秘訣は、安全な食、運動、居場所、そして無条件に愛されていること。犬の病気が増えたのは添加物たっぷりの食べ物が要因という獣医の話を聞いて、生きものとしての人間も変わらないことに気づきます。

 もともと食に関心の高い紀子さんは、ミシュランの星つきのレストランや5つ星ホテルもひととおり体験しています。「でもね、あんまり記憶に残っていないんです。美味しかったな、幸せだったなと思いだすのは、仲間と一緒に料理して、自然のなかでごはんを食べたこと」。そんな実感がグランド・ロック・キャッスル創設の動機になっています。

Smile Circle 株式会社代表取締役、フードアクティビストの岩城紀子さん

 ハイブランドの服もたくさん購入したことがあるそうです。たしかに人をかっこよく見せてくれる威力があってすばらしい、と紀子さんは認めます。「ただ、本当に輝いている人は、その必要もないんです。私はそっちに行きたいと思いました」。この日もノーメイクにTシャツというシンプルそのものの装いですが、「岩城」を英語にして「ロック・キャッスル」と命名してしまうようなお茶目さとおおらかさが、場を居心地よく包み込んでくれます。

 ひと通り経験したからこそ行き着いた境地かもしれません。人と犬と自然が健康に調和し、社会がファミリーのように資産を次世代のために回していく近未来をあと8年で完成させると語る紀子さんの表情は、丹波の夕陽に映えて、輝いていました。

中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。最新刊『英国王室とエリザベス女王の100年』(君塚直隆氏との共著、宝島社)発売中。