9月、千葉県柏の葉に「ラグビー・スクール・ジャパン」が開校します。英国の有名パブリックスクールであるラグビー校の日本校で、英国はじめ世界中から教師が集まり、英国式の教育を11歳から18歳まで施す本格的なインターナショナルスクールです。

 このスクールの理事長の話を伺う機会がありました。日本を変えようとか、国のために、といった発想からは出発していないとのことでした。

 「一人一人がユニコーンの卵となるような人間を育てたい。どういう方向に羽ばたいても、濃度の濃い個人が1000人出ていったら、国を越えた枠組みで勝手に変化が起きます。予測不可能な未来には、一人一人にインテグリティ(一貫性や高潔さ)があったり、ネットワークがあったりしたほうがいい。不安定な時代には個人が変革を起こせるのです」という言葉には深い共感を覚えます。新ラグジュアリー論では個人の内発的創造性の重要性を強調していますが、子供のころからそれを育てることがこれからの社会創造にとっても鍵になることを、このスクールの理念は示唆しています。

ラグビー校のスクールハウス。1567年創設のラグビー校はイングランド最高峰の名門私立校のひとつ

 ラグビー校は、ラグビー発祥の学校です。フットボール(サッカー)の試合中に、ウェブ・エリスという学生がボールをもって走り出したのが起源です。彼はルールを破ったわけではありませんでした。ルールブックには「地面のボールを手で拾ってはいけない」とは書いてあるが、「誰かが蹴ったボールに手で触れてはいけない」とは書いてない。つまりルールの隙間を突いて冒険的な行動に出たのですね。イノベーションというのはこのようにして起きるという例でもあります。そんな柔軟な発想ができて主体的に考え、行動できる人間が増えたら、頼もしいし、何よりも楽しそうではありませんか。理事長のことばを借りれば、「ダンスパーティーにおいてもシャイではない、でも船が沈むときには頼りになる人間」。あらゆる場面で一貫性のある判断と行動ができる人たちが送り出され、世界のルールメイカーの仲間入りをする近未来が今から楽しみになってきます。

 集団でみんな一緒のルールに黙々と従わせ、単一の「正解」を導く思考法を正義として育てる軍隊型教育に対するアンチテーゼにもなっています。資本家が大量資本を投下して戦略的に生み出す量産型「ラグジュアリー」に異を唱え、地域性や倫理や人間性を大切にする新型ラグジュアリーが生まれている構造とも似たものを感じます。

 さて、家庭で主体性を育てる教育をするにはどういう方法があるか、という質問もしてみました。たとえば美術館に行き、子供に「どれが好き?」と徹底的に聞き、自分の感情とまっすぐにつながる美や善悪の判断力を養う方法を例として挙げていただきました。自分の感情と矛盾しない美や善の基軸ができると、あらゆる場面で主体的で一貫性のある判断ができるようになるというわけです。お店に行き、自分が何を好きなのかがわからないので「何が売れていますか?」と聞いてしまう経験をもつ身には、耳が痛いところですね。

中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。最新刊『英国王室とエリザベス女王の100年』(君塚直隆氏との共著、宝島社)発売中。