トレンドがあるようでまったくない多様なファッションを目にするこの頃ではありましたが、久々に強めのワードが浮上しています。

 「クワイエット・ラグジュアリー」です。数年前のスキー事故のことで訴訟を起こされたアメリカの女優、グウィネス・パルトロウの法廷ファッションが大々的に報道されたことを機に、あちこちで語られているトレンドです。

 法廷ということもあり、目立つロゴや派手なデザイン性はなく、白、黒、グレー、ベージュの基本的なアイテムでまとめた、ごく普通の装いです。とはいえ、見る人が見れば、素材や品質が上質で、繊細な細部に重点が置かれた高級品ばかりであることがわかり、余裕のある豊かさを感じさせます。お金がかかっているけれど控えめなスタイルなので、「静かな」ラグジュアリーというわけですね。

 目立たぬことを身上とするこの手のトレンドは、「ステルス・ウェルス(隠れた富)」とか、「ディスクリート(慎みのある)・ラグジュアリー」といった表現でこれまでも存在してきました。なので、まったく新しい概念というわけではありません。

 ここへ来てファッショントレンドとして脚光を浴びているのは、持続可能性に重きが置かれる風潮の中で、飽きずに長く着られる「普通の」服を選びたい、そんな選択ができる人と見られたいという願望が若い人の間で高まってきたこととも無関係ではないでしょう。

 本音のところは、主張の強いブランドロゴや話題のコラボが猛威をふるった近年のトレンドに疲れた購買者が、「クワイエット」な方向に向かったということも大きいはず。実際、SNS上には、シンプルな無彩色の服のコーディネートを誇らしげに紹介する「クワイエット・ラグジュアリー」提唱者が目立ちます。サングラス姿でポーズをとる彼女たちはクワイエット、クワイエットとうるさくハッシュタグをつけます。「プライバシー、プライバシー」と喧伝しながら暴露本やドキュメンタリーのキャンペーンを展開していた某国の次男王子夫妻を思い出させます。

 茶化して失礼しましたが、派手なひけらかしのトレンドのあとにここに落ち着くのは、真っ当な路線とも感じます。極端を経験したからこそ「普通」が素敵に見えているというのが今のトレンドの魅力の正体なのですから。ずっと無難な中間地点でぼやけている退屈さとは一線を画しています。

 ラグジュアリーの構成要素のなかには極端や過剰という要素が常に存在してきましたが、新しいラグジュアリーの世界では、「普通であることを過剰なまでに極める」という行為がそれに相当するのかもしれません。

 ハレの非日常的なひけらかしでもなく、ケの退屈でもない、普通の日常を徹底的に極めていくこと、ここに次の時代を豊かに生きるためのヒントがありそうです。

 勝った「被告」グウィネスが、法廷の去り際に原告にかけた言葉は「お幸せにね(I wish you well)」でした。いやみと優しさのぎりぎりの中間を静かに極めた表現でした。

富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。最新刊『英国王室とエリザベス女王の100年』(君塚直隆氏との共著、宝島社)発売中。