ロンドンのウェストミンスター寺院で、5月6日、イギリス国王チャールズ3世の戴冠式がおこなわれました。往復で異なる金の馬車でのパレード、ローブ、王冠・宝珠・王笏といった王権を象徴するレガリア、壮麗な寺院での演出など、どこをとっても絵として決まる、きらびやかな儀式でしたね。
ローブと王冠だけに焦点を絞ってみても、国王・王妃で計3種類の王冠が使われ、入場時の赤、戴冠時の白と金、退場時の紫、とそれぞれ異なるローブがまとわれていました。国王が身につけるもの、持つものすべてが、細部に至るまで歴史的意味をもつ重厚なアイテムです。ローブに関しては複数の専門の係が、うやうやしく着替えさせていました。ユダヤ教、ヒンズー教、シーク教など各宗派の代表が式の進行に参加し、ゴスペルまで歌われるなど多様性にも配慮した豪華絢爛なカオス的世界のなかで、74歳になる国王の表情だけがぼんやりとお疲れのように見えたのが、やや気になりました。
中世からのデザインを踏襲する華麗なローブ、何世代にもわたって伝えられてきた王冠やレガリアの世界は、「ラグジュアリー」という観点で見れば、「ブランドビジネスによる旧型ラグジュアリー」よりもさらに古い地層に属する「王侯貴族の特権型ラグジュアリー」です。金銀財宝が富と地位の象徴として使われる世界。社会階級が厳密にあるなかでのわかりやすいラグジュアリーは、王の地位を顕示し、社会秩序を守る役割を果たしていました。
21世紀にはそんなことはとっくに無意味になっており、古いラグジュアリーのお披露目は、イギリスという国の伝統と文化を国際的にPRする役割を果たすためのものになっています。これはこれで成功しています。
一方、かつての帝国主義が批判にさらされている今、表舞台に登場させられなかった宝物もあります。コ・イ・ヌール(=光の山)というダイヤモンドです。もともとはカミラ王妃が今回、戴冠したメアリー王妃王冠についていたのですが、クイーンマザーの王冠に移り、メアリー王妃王冠にはコ・イ・ヌールの複製がついていました。しかし、さらに遡ると、このダイヤはヴィクトリア女王の時代に植民地だったインドから「譲渡」されたもので、現在、インドから返却を求められています。そんな事情を考慮して、コ・イ・ヌールのあった場所には、カリナン5世というダイヤモンドが代用としてセットされていました。
実はこのカリナン・ダイヤモンドも南アフリカから「献上」されたもので、返却を求める声が上がっています。もしその声に応じることになるならば、王笏にセットされる巨大なカリナン1世、大英帝国王冠にセットされるカリナン2世というダイヤも外されることになりそうです。
ヨーロッパの美術館がかつての収奪品を続々と元の国に返している潮流にあって、古い地層で育まれたラグジュアリーも変容を迫られています。新しいラグジュアリーの世界では、収奪なきフェアな関係が前提になるのです。多宗教・多人種の融和に向けて努力してきたチャールズ国王も、かつての植民地に起源をもつ伝説のダイヤをどうするか、判断を迫られる時が来ると予想されます。頭上の王冠の物理的重みに耐えるお疲れと、ダイヤの落ち着きどころに悩む気苦労を、あの国王の表情から読み取りたくなります。
(ゼロニイ2023年6月号に掲載)