20周年を迎える劇団「ハイバイ」が来年1月代表作『て』を引っ提げて、
富山に初登場する。劇団を主宰する岩井秀人さんは富山にルーツがある。
自身の家族を題材に、家族の分かり合えなさを描く。
演劇の新たな可能性を追求し続ける岩井さんの思いを聞いた。(聞き手・田尻秀幸、撮影・竹田泰子)

『て』公演情報
日程:2025年1月8日(水)18:30、9日(木)13:00 ※開場は各回開演の30分前  
会場:オーバード・ホール 中ホール  
料金:一般 5,500円、U-25 3,000円[全席指定・税込]  
チケット:アスネットカウンター 076-445-5511(10:00〜18:00/定休日:月、月曜が祝日の場合は翌平日、年末年始)
公演について:(公財)富山市民文化事業団 総務企画課 076-445-5610(平日 8:30〜17:15)

——岩井さんが演劇を始めたきっかけは。

 

 小学生の時は自分が主人公の映画に出ているという感覚で生きていました。恥ずかしいことに平気で同級生を殴っていました。それが当たり前だと思っていたら、小学校6年の時に初めて相手に殴り返されたんです。「え、これは書き割り(舞台の背景を描いたもの)じゃないの? みんなはモブ(アニメなどで群衆として表現される人物)じゃないの?」って驚いたんです。

 殴った相手に人格があることが初めて分かって、世界が理解できなくなった。すっかり混乱しました。その延長で16歳から20歳まで引きこもっていました。そして、20歳という、いわゆる「大人の年齢」になった時に「あ、俺には何もなかった。この人生は失敗した」って急に思ったんですね。飛び降りて死のうと思ってベランダに行ったんです。そしたらムチャクチャ怖い(笑)。

 

 そこで「飛び降りることより怖くなくて、挑戦してないことないかな」と思ったんですよ。そこで頭に浮かんだのが演劇でした。引きこもっていた時期にWOWOWでずっと映画を観ていたんですよ。アル・パチーノに大興奮していたんで、演劇の道に行ってみようと思ったんです。そこから演劇関係の大学に行って、今に至ります。

——デリケートな体験を作品化することについて、どのようにお考えですか。

 

 演劇に自分の実体験を生かすことに葛藤はないです。引きこもりだったことも、家族のことも、誰かと共有することに抵抗がありません。むしろ、絶対皆さんと共有した方がいい。人類全体で共有して、前に進んでいくべき問題だと思っています。

——お父さんが岩井さんの作品を見に来たことは?

 見に来たことはあります。『て』ではないですが、完全に父親をモチーフにした作品でした。公演後、ロビーで観客を見送っていたら、そこに知っているような、でも誰だか分からない人が視界に入る。それが父でした。「何を言われるんだろう」とビビっていたら、「いやー、全然分からなかった」とニコニコ言うだけでした。

 

 一瞬絶望しましたが、「これで伝わるようだったら、あんな人間にはならないか」と諦めつつ、僕がやってることは「被害者の会」みたいなもんだなと思うようになりました。

——子どもとしては複雑なところですね。ところで岩井さんというと「いきなり本読み」という取り組みが話題ですね。俳優が舞台上で台本を初見で読む姿を見せるという新しい演劇です。

 この企画は我ながら「めちゃくちゃ面白い」と思っています。稽古の初日をお客さんに見せるようなもの。舞台上の俳優さんも、観客も、台本の物語を誰も知らない状態で舞台がスタートします。

 そして、最初は漢字を読み間違えたり、男だと思って読んでいたら女だったりっていう、全然ダメダメなところから始まって、やがてはキャラクターも物語もガッチリつかんだ状態になって、物語が舞台上に立ち上がります。この「ゼロ地点」から「物語が完成する」ところが生で見られます。皆さんにもいつか、見てほしいです。

——最後に富山公演への思いを聞かせてください。

 1人の作家が、生涯で1発しか出せないものが『て』には詰め込まれています。代表作中の代表作なので、ぜひ会場に来てください。

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