富山市の春をにぎやかに彩る「全日本チンドンコンクール」は5日、開幕する。日本一を競うひのき舞台としてチンドンマンが出場し、県内外からの見物客を楽しませる。今年は70回の節目。全国にも例を見ないイベントはどのように始まり、発展を遂げたのか。北日本新聞の紙面とともに、紆余(うよ)曲折の道のりをたどった。

戦争で傷ついた心癒やした第1回

 「この珍趣向に子供たちはもちろん道ゆく人の足をとめさせ、繁華街は黒山をきずき、いたるところで自動車が立ち往生する風景もみられた」(原文ママ)

第1回の全日本チンドンコンクール。広告主の思い思いの趣向を凝らした仮装チンドンマンが練り歩いた

 1955年4月15日付の本紙は、記念すべき第1回の全日本チンドンコンクールの盛況をこう伝える。全国から43組約150人のチンドンマンが参加し、ちょんまげ姿や浦島太郎にちなんだ亀などの仮装姿で街を練り歩いた。

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