「幸せになるために必要な10のこと」とか「人を動かす三つの方法」とか。物事を鮮やかに単純化して示してくれる、その手の記事や本のタイトルを見かけると、「なんだかな」と思ってしまう。その「なんだかな」に含まれる思いはいろいろあるけれど、要するに嘘くさい。物事を要約した箇条書きのようなコンテンツの多くは、大切なものを取り出しているのではなく、単に失っている気がする。
入善町出身の寺林武洋の絵はそんな箇条書きと対極にある。モチーフはトイレットペーパーやドライヤー、ブレーカー、玄関ドア。半径3mの世界に収まる雑多なものたちだ。人生の核心めいたものからは一見遠い。流行の写実画のように美しい人物像ではない。ただただリアルな生活の一部だ。美化も理想化もしない。

本作は寺林が暮らしている築40年を超すアパートの外廊下を描く。土埃で汚れた洗濯機に壊れたインターフォン(「ノックしてください」というメモ書きも貼られている)、古びたモルタルの壁の凹凸、手書きの表札。それらを余すことなく描き込む。ドアノブや鍵穴の金属的な光沢までも写しとる。人はいないけれど、細部という細部から息遣いや気配を感じさせる。
寺林は写真ではなく、モチーフの前で絵筆を走らせる。だから画面に収めているのは、一瞬ではない。数カ月の時間も光も粘り強く、細密に塗り込む。
1人の暮らしの隣には別の人の暮らしがある。そして、その隣にも。限りなく追求された当事者性は普遍性に反転する。
しみったれた光景を愛おしく描く寺林の絵を前にすると、無数の私小説が生まれているように感じる。画面の向こうに続いていく暮らしが見える。
江戸時代の哲学者、三浦梅園は「枯れ木に花咲くことより、生木に花咲く理由を尋ねるべし」と言った。寺林の絵を前にして、この言葉が頭に浮かんだ。なんでもない日々の特別さを思った。 (田尻秀幸)
会 場:入善町 下山芸術の森 発電所美術館
会 期:開催中〜3月20日(水曜日・祝日)
開館時間:午前9時〜午後5時
(入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日
観覧料:一般600円、高校・大学生300円、
中学生以下無料
問い合わせ:TEL.0765-78-0621
※3月16日(土)午後2時から、
作家と富山県美術館学芸課の
八木宏昌上席専門員による
対談が行われる。聴講の事前申し込みは不要。