螺鈿の漆器といえば大抵は花鳥風月の文様があしらわれている。春夏秋冬の移り変わりによって生まれる命や現象を伝統美に凝縮したものだ。日本人の暮らしとずっと身近にあった自然の姿をきらびやかに映してきた。

池田晃将《百千金字塔香合》2022年

 しかし、自然をいわゆる「nature」ではなく、おのずとあったものとして捉え直してみてはどうだろう。今日の自然とは花鳥風月だけではなくなる。我々を当たり前のように取り巻くのは、サイバースペースだ。現代人の多くは望む望まざるは別にして、太陽や月の光よりスマートフォンやパソコンのブルーライトを浴びている。

 1987年生まれの池田晃将がモチーフにするのは、花鳥風月ではない。数字や光、電気信号だ。本作も螺鈿による極小の数字を漆器の表面中に散りばめた。映画「マトリックス」を象徴するオープニングシーンのように、漆黒の木地の上でさまざまな方向を向いた数字が踊る。一つとして同じ形のないはずの貝殻が虹色の光を帯びた数字となって、均質化された無機質な世界観を生み出す。美しい数字たちが意味するものは何か。ずっと見ていたくなる。

 一見すればデジタルな表現だが、レーザーでカットした貝片を貼る作業はアナログな手仕事だ。1日に2、3㎝角程度しか進められないという。手のひらサイズの本作に貼られた大小の数字のピースは3千〜4千個。輝きを増すためには、極限まで薄くしないといけない。想像しただけでも気が遠くなるような精密な作業と集中力が求められる。手の技と機械を併用することにも作家としては勇気が必要なことだったろう。小さくきらびやかな香合にさまざまなチャレンジが詰め込まれていると思うと、さらにまぶしい。(田尻秀幸)

超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA
会場:富山県水墨美術館
会期:開催中〜2月4日(日曜日)
休館日:月曜日
開館時間:午前9時30分〜午後6時
     (入室は午後5時30分まで)
観覧料:一般:900円(700円)/
     大学生:450円(350円)
     ( )内は20人以上の
        団体料金です。
問い合わせ:TEL 076-431-3719