1月末、NPO法人GPネットワーク主催の「まちづくりセミナー2024」第1回に講師としてお招きいただき、富山市図書館で講演しました。これからの「ラグジュアリー」創造が「まちづくり」とどのようにつながるのかを話しました。

 「ラグジュアリー」と「まちづくり」。一見、まったく対極にある話題だと思われた方も少なくないでしょう。しかし、世界や日本で起きつつある「新しいラグジュアリー」創造は、追求すればするほど、その先に地域全体を豊かにする未来が視野に入ってくるのです。そうした現在進行中の新ラグジュアリービジネスの具体例を国内外から10例挙げながら、私たちが目指したい社会の方向を示しました。

 富山にも可能性がある、という例を示すため、ヨーロッパの一流ブランド数社で腕を磨いてきたクチュリエ&テイラーの高松太一郎さんにもご登壇いただきました。彼は、福岡出身ながら、富山の自然や人、なによりも「水の清らかさ」に魅せられて、帰国後、富山に移住してアトリエを構えています。

高松さんがしけ絹で作ったオートクチュールのドレス。中野が着用するジャケットは、高松さんがユーズドデニムを分解してジャケットに仕立て直した作品

 彼が惚れこんだ富山の要素にはもう一つ、城端の「しけ絹」があります。しけ絹とは、2頭がくっついた蚕が作る繭から生まれる、節のある糸で織る絹織物です。糸が切れやすいこともあり、B級扱いされてきましたが、この節が逆に装飾として美しく見えるので、和紙とはりあわせて、ふすまなどのインテリアに使われています。

 現在、富山でただ1軒残る絹織物の会社となった松井機業がしけ絹を生産していますが、6代目社長の松井紀子さんは、愛する自社織物をファッション製品にも使ってほしいと願い続けていました。しかし、大手アパレル企業はどこも、「繊維が弱すぎて服には使えない」と断ってきます。あきらめかけていた矢先、高松さんに「発見された」のです。高松さんは言います。「たしかに量産される服にはこの素材は向かない。ただ、特別な一着を作るオートクチュールであれば、難しい素材を扱うテクニックが際立ち、稀少性と芸術性が高くなるのでラグジュアリー製品として高く売れる」と。かくして高松さんは、量産品では弱点となるしけ絹の特性を長所として生かしたオートクチュールドレスを製作、会場にはその一点が展示されました。

半透明のしけ絹は光をやわらかく通し、紫外線をカットする効果もあるためインテリアとして重宝されてきた

 地域に根を下ろす素材と作家がこうしたラグジュアリー製品を生み、それが世界で評価されることで、産地にも注目が集まり、産業観光を誘致できて地域全体を豊かにする可能性が広がることは、他の地域の成功例が示唆しています。地元の人は、たとえ高価な品を買わないとしても、産地の評判が高まることで、間接的に恩恵を得ることも増えていきます。

 高松さんも松井さんも、ロマンの熱量の高い方です。絹の魅力を語る松井さんは詩人になります。「お蚕様」のために桑畑まで作り始めました。こうした人間の情熱こそが「核」になります。ほかの地域でもそうなのですが、まずは個人から湧き上がる情熱が渦を生み、それが周囲を巻き込みながら予想を超えるラグジュアリー製品を生み出し、結果として地域に豊かさがもたらされています。仕組みづくりももちろん大切ではありますが、独創性の高い人を仕組みにはめこむことはできません。異なる領域で行動する人の存在がまずあって、それらを心で有機的につないでいく仕組みを整える。ラグジュアリー創造によるまちづくりにおいては、そのプロセスそのものが幸福につながり、ひいては豊かさへの可能性を広げます。

中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。ジェニー・リスター著、中野香織監修『新装版  時代を変えたミニの女王  マリー・クワント』(グラフィック社)発売。