大正6年創業のきもの専門店(株)やまとが、フランス法人を設立し、パリの多様な先端的カルチャーが行き交うマレ地区にポップアップショップを出店しました。

 正統派のきものも扱う老舗ではありますが、今回、パリで販売するのは、やまとが展開するきものブランドのなかでも前衛的な2ブランド、Y. & SONSとKIMONO by NADESHIKOです。Y. & SONSはスーツ地のきもの、帯なしのきもの、アウトドアきものなど大胆な着想から生まれたメンズきもの。KIMONO by NADESHIKOのほうは、フーディーやシースルー割烹着と合わせるきものやニットの浴衣など、自由な発想で新次元の装いを提案するきもの。どちらのブランドも「日本ときものの文化をアップデートする」というビジョンのもと、伝統的きものを超越し、ファッション性を高く打ち出す斬新な魅力で攻めているのが特徴です。

シースルー割烹着と合わせるKIMONO by NADESHIKOの2024年春夏の作品

 やまと社長の矢嶋孝行さんによれば、それも戦略のひとつです。「海外でのきもののイメージは、豪華絢爛なきものか、アンティーク。その期待を裏切るような、海外の人が見たこともないきものの世界を見せたいのです」。

 きものは日本の伝統文化とセットで語られがちです。伝統文化だから高価格をつけて海外に売ろうという風潮も最近では勢いを増しています。矢嶋さんは、そうした傾向に抵抗します。「文化を楯にしたくはありません。わたしたちは伝統文化を着るために生きているわけではありません。着たいと思ったものが文化になっていくのです」。

 ファッション的な入口から入ってもらい、「これ、かわいいね! 着てみたい! しかもこのきものにはこんな背景があるんだ、へえ……」というように、自然に文化への広がりに導くことがやまとの狙いです。ファッション的な商品とはいえ、きものとして修理ができることも老舗の強み。試験的なポップアップで反応を伺いながら、正統派のきものの展開も見据え、来年には本格的なパリの店舗を構える計画を立てています。

1月18日より6月30日までの半年間、やまとがパリに構えるポップアップショップ

 きものに作家性を持ち込み、美術品として高価格で売るというやり方にも矢嶋さんは抵抗を示します。「それもありとは承知していますが、もともと無名の職人が無名の民のために創ってきたのが日本のきもの文化です。われわれのきものは、そんな民藝的きもの。無名の社員が自由な意志で楽しみながらきものの創作に携わっているのは、令和の民藝運動に近いですね」。

 「無名の民」のすそ野も広い。「一人に100万円のきものではなく10人に10万円のきものを届け、10人を幸せにする」という祖父の考え方は矢嶋さんにも受け継がれ、養護施設で七五三やハタチを迎える方に衣裳を提供し、着付けや撮影までサービスするという活動に反映されています。きものを着るなんて考えられなかった子供が、きものを着て記念撮影をする。記憶はあたたかく残るでしょう。子供の7人に1人が貧困、11人に1人が障害を抱えているという日本で、このような目を配り、活動に反映することは意義深いことですね。

 矢嶋さんは「『きもの』でエキサイティングな世の中を作る」というビジョンを掲げます。その言葉に熱源を刺激された若い社員が未知の挑戦を楽しんでいます。できるかぎり誰も取り残されることのない、優しくてあたたかい世の中。次世代はそんな世の中を作ることをエキサイティングとみなしています。大胆不敵ながら懐かしさとユーモアもあるKIMONO by NADESHIKOに、これから築かれていく次世代文化の希望を重ね見る思いがします。

中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。ジェニー・リスター著、中野香織監修『新装版  時代を変えたミニの女王  マリー・クワント』(グラフィック社)発売。