ここ数年、他人事だと思っていた感情がときどき顔を出す。底知れぬ不安や焦り。いわゆる「中年の危機(ミッドライフ・クライシス)」というものだ。
 本作は、深い喪失感と焦燥感にとらわれていた中年女性が、家族や友人と向き合い自分を取り戻す、希望と再生を描いたヒューマン・コメディ。

 サムは姉の看病のため、故郷に戻った。亡くした悲しみは深く、仕事もままならずにいたが、雑貨店を営む妹に「もう40歳なのだからちゃんとして」と小言を言われる。この先について考えられない彼女だが、ある日同僚のジョエルから合唱団に誘われる。

 サムは妹に「人生の目的は?」とたずねられるが、具体的なビジョンは示せない。そんな時、旧友が回顧録を出版した。内容に悪態をつきながら心では「でも完成させたんだ」と焦ってしまう。目標をもち、何かを成し遂げなければ生きている意味はないのだろうか? と自己嫌悪に陥る。それを緩やかに否定し、日々のささやかな喜びを見つける楽しさを教えてくれたのは、ジョエルをはじめ合唱団で出会った人々だった。

イラスト:kuimko yamaguchi

 私もずっと、何者かにならなければいけないのだ、と肩に力が入っていた。そして、20代の頃のような野心や憧れが、自分を憂鬱にさせていた正体だと、サムを通して気づくことができた。

 シーズン1第1話で、サムとジョエルはイギリス出身のシンガーソングライター、ピーター・ガブリエルとケイト・ブッシュの「Don’t Give Up」でデュエットする。「夢も希望も失った/落ちぶれた人間など誰も相手にしない」、「あきらめないで/あなたには友がいる/まだ終わったわけじゃない」と。

 私は40代半ば。中年期はまだまだ長い。サムのように何者でなくてもいい。私には私の生活と仕事がある。ときどきDJをして、友達と喋って笑えたらいい。今の自分をもっと肯定していきたい。

DJ CHIGON 富山市在住。ロックDJパーティ「LOVEBUZZ」のDJ。インディーロックを中心にプレイしている。