これまでの人生で、漫画に救われた経験はあるだろうか。秋田にある「マンガ原画」をテーマにした日本初の施設・横手市増田まんが美術館の館長、大石たかしさん(53)は「漫画の力は無限大」と語る。その背景には、コロナ禍の最中、美術館で行ったイベントでの出来事があった。12月22日に富山で開幕するときめきトゥナイト展を前に、改めて漫画のチカラを思い知った。

漫画の原画保存に取り組む大石卓館長=2023年12月、秋田の横手市増田まんが美術館

 横手市増田まんが美術館は先駆的に原画保存に取り組んでおり、約45万点の原画を収蔵する(2023年3月末現在)。旧増田町出身の「釣りキチ三平」で知られる矢口高雄さんが初代名誉館長、現在は「銀牙」シリーズが人気の高橋よしひろさんが2代目名誉館長を務める。

「三平」で育った

 そもそもどうして、横手市がマンガの原画保存に取り組んでいるのか。大石さんは「一流の漫画家の原画は郷土の貴重な文化資産。そう捉えています」と話す。保存には公費をかけるため収集基準も設けている。

まんが美術館のカフェには人気漫画家のサインが並ぶ

 大石さんが子どものころ、学校の図書館に唯一あった漫画が地元出身の矢口さんの代表作「釣りキチ三平」だった。「子どものころ、取り合うようにして読んだ。みんな、『三平』で育ったんです」

印刷されなくとも

 「釣りキチ三平」の世界観には古里・秋田が色濃く反映されている。矢口さんの原画は、驚くほど細部まで描き込まれている。美術館内には単行本もあり、見比べると、印刷で再現できない原画の迫力ある描写に圧倒された。

原画がずらりと並んだ企画展「釣りキチ三平生誕50周年記念展」=2023年12月、秋田の横手市増田まんが美術館(©矢口プロ)

 館内の常設展示では、2代目名誉館長、高橋よしひろさんのこんな言葉を紹介している。「印刷物のマンガを見て自分の方がうまいと思っていた。でも、実際の原画をみたときは全然違った。芸術だと思った」

サイン会で涙、涙…

 大石さんの記憶に残る出来事は、高橋よしひろさんの画業50周年記念展「義勇一心」のサイン会で起こった。当時は2021年。コロナ禍が続いており、美術館としても、迷いながら開催に踏み切った。

漫画の力を熱く語ってくれた大石さん

 サイン会で、ある母娘が涙をこぼした。聞けば、2人は九州・福岡県から足を運んだという。3年引きこもっていた娘は、高橋さんの「銀牙」シリーズを読んでいた。「サイン会に行きたい」と、

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