砺波の散居村は、子供の頃に社会の教科書で見て漠然と知っていた記憶はありますが、当時は、どこにでもありそうな当たり前の田園風景だと思いこんでいたのですよね。
今年10月、初めて展望台からこの景観の全貌を眺めました。220平方キロメートルにわたる田園の中の散村は、悠久な時の広がりまでをも感じさせて、神々しさを湛えています。同じような施設が入る超高層ビルが続々と建ち、日々、空が狭くなっていく首都圏に身を置いていると、人と自然との共創で保たれている散居村の光景が、とりわけ貴重なものとして沁み入ります。
景観が美しいばかりではありません。散居村はヒートアイランド化を防ぎ、生物の多様性を保持し、COを削減する貴重なエコシステムとしての機能も有しています。地球の持続可能性が重要課題になっている現代では、むしろ最先端をいく価値をもつエリアなのです。

にもかかわらず、人口の減少と住民の高齢化、生活様式の変化によって、この景観を維持することが困難になっているそうです。屋敷林の維持ひとつにしても、落ち葉処理と枝打ちにかかる労力が膨大で、高齢の住人が個々の努力で管理を続けることは限界にきています。
では、この景観を保全し、未来に継承していくには、どうすればよいのでしょうか?
それを考えるための「水と匠」主催のセミナーに講師としてお招きいただきました。私は「新ラグジュアリー」を提唱する立場から、コロナ禍を経て世界で起きている新しい豊かさへの価値転換について話をしました。土地に根差した産業を再興させ、唯一無二の景観と暮らしを基盤とする観光ビジネスを整備して、持続可能な新しい豊かさを創っていこうという動きは、日本各地にも同時多発的に起きていますが、そんな例も紹介しました。
同じく講師としてお話された富山大学教授の奥敬一さんは、散居村問題を解決に導く方法の一例として、「文化的景観」に選定されることを挙げられました。「文化的景観」とは、文化財のひとつで、地域ごとの風土とその風土に育まれてきた人々の営みの表現形です。自治体の申し出に基づき、国が「重要文化的景観」に選定します。
選定されると国から支援がおこなわれます。昔からの建築をそのまま保存せよという規制があるわけではなく、文化財の本質的価値を損ねない範囲で、現代社会に適応するための変化が許容されているので、自分たちで柔軟にルールを決めながら公共の援助を使って景観を保っていくことができます。これを「動態的保存」と呼ぶそうです。ある程度、屋敷の一部を公開することは必要としても、この仕組みを使うことは散居村エリアの保全と継承にとっては、メリットが多いように思えました。
現在、日本全国には72の重要文化的景観が選定されていますが、富山県はなんとゼロ。自治体からの申請がないためです。このエリアは高岡市・小矢部市・砺波市・南砺市という4つの自治体にまたがり、行政区を超えたコミュニティを共有するエリアとしても貴重です。住民でもない立場で無責任なことは申せませんが、現代において再発見されている豊かさの可能性を秘め、世界の人々を魅了する価値のある景観を備えるエリアであることは間違いありません。
それにしても、「文化的景観」の考え方と「新ラグジュアリー」の方向性が同じであることに驚きました。それ以上に、2年前まではファッショントレンドの話を主に書いていた自分が地域の景観を守るための講演をしているということにさらに驚きます。人と社会のあり方を考えたいという志向の本質は同じなので、これも一種の「動態的保存」と呼べるでしょうか。