東京都現代美術館で「クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ」展が開催されています。パリ装飾芸術美術館を筆頭に世界各国を巡回してきた、壮大なスケールの展覧会です。

 13の趣向の異なる部屋というか舞台装置のような空間において、ディオールの世界観が絢爛豪華に繰り広げられます。第二次世界大戦直後にブランドを創始したムッシュウ・ディオールは後継者に恵まれました。デザインの面で6人の天才的な後継者が表現の幅を広げてきただけではありません。経営の面においても。1984年にベルナール・アルノー氏がクリスチャン・ディオールを含むマルセル・ブサック・グループを買収したのは、今となれば「正解」だったと思わざるをえません。アルノー氏はディオールを基盤として世界屈指のラグジュアリーブランド企業を育てる戦略を開始、その38年後、LVMHグループ会長として世界一の長者になりました。この展覧会においても、惜しみない資本投下が行われています。素晴らしい創始者がいても、創始者の没後に迷走したりメゾンを閉じたりするブランドも少なくないことを思うと、ブランドが継承され、回顧展を通して創始者が称揚されていることは極めて幸運なことに思えます。

 さて、タイトルそのままに「夢」の世界へ誘う展示ですが、展示品は服やバッグやアクセサリーです。これらを「商品」ではなく「芸術」として見せることができた鍵は何なのか? 展覧会を体験して気付いたのが、値段を考えさせない演出でした。

「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」 東京都現代美術館にて5月28日まで開催中。 空間演出は、国際的な建築設計事務所OMAのパートナーである建築家の重松象平

 たとえば「ディオールの庭」と題された部屋。水面に見立てられた鏡、絵画、天井にあしらわれる切り絵細工の効果で、マネキンなしで立つドレスを花のようなオブジェに見せています。単体で「商品」として見れば「男性から見た女性の理想形」が成型された高価な服。しかし、服としての意味を切り離し、空間を構成するオブジェとして見せることで、白日夢のようなアート世界が広がるのです。他の部屋も同様で、店舗で陳列されるような形式であれば価格が気になるところ、別次元の空間演出で見せられるので、各アイテムは「買う」「着る」「持つ」といった現実的意味を超越した芸術に昇華しています。価格を考えさせず、世俗の意味を超越したアートな感動を与えること、ここにはラグジュアリー感を生む普遍的な鍵もありそうです。

 この原理を私たちの生活に応用するとしたら。たとえば、贈り物をするときなんてどうでしょう。一般に流通する実用品、老舗の定番品といった無難な商品であっても、いくつかジャンルの異なるものを組み合わせ、ブランドロゴのないオリジナルな箱や紙袋に入れて独自の世界観でまとめあげる。これだけのひと手間をかけるだけで、値踏みされることが少なくなり、商品が現実的意味を超えて贈り主の思いの象徴として感動を与えやすくなります。

 資本の力で世俗の意味を超越する芸術的世界を現出させたディオール展。それはそれで素晴らしいのですが、創意工夫の力で世俗の意味を上回る愛ある世界を現出させるのが新ラグジュアリー的行動です。

中野香織/なかの・かおり 富山市出身。服飾史家として研究・講演・執筆を行うほか企業の顧問を務める。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを務めた。著書多数。最新刊『英国王室とエリザベス女王の100年』(君塚直隆氏との共著、宝島社)発売中。