予測不能な「事件」を呼び寄せる俳優で高志の国文学館長の室井滋さんと、日常の裂け目を見逃さない歌人の穂村弘さん。二人の往復書簡連載「迷子の散歩道」が、本紙文化面でスタートしました。連載開始を記念した今回の対談でも早速息ぴったり。脱線気味でいとおしい、言葉のキャッチボールの連続です。(聞き手・田尻秀幸) 

返事を待つ時間の豊かさ 

――新年から往復書簡という形で連載が始まりました。 

穂村 往復書簡ってちょっとロマンチックな感じがありますね。自分の世代より少し前のイメージ。キャッチボールしながら書くから、書きやすいのかな。 

室井 私、子どもの頃に文通していたんですよ。日本在住のアメリカ人の男の子ともやりました。今では考えられないけど、昔は雑誌で自分の名前や住所を公表して文通相手を探していましたからね。でも男子と文通すると、すぐに写真送ってくださいってくるんです。私も昔はちょっぴりかわいかったから全然送ってもいいんですけど、まあ、でもやっぱり嫌ですよね。そういうお願いが来ると、返事を書くのやめちゃいました。 

 

――返事を待つ時間って今の時代、特別なものですね。 

穂村 僕さ、「速い」っていうことが苦手なのかも。SNSってすぐに反応を示さないといけないのがちょっとね。LINEも事実上使ってない。読んだらすぐ返事しなくちゃいけないっていうルールがきついかな。でも時代は元に戻れないよね。ミステリーとか見ていても、スマホがあるのでトリックの成立条件が変わってきちゃっているし。 

室井 手紙は待っている時間がいいんですよ。今日返事来てるかなとかいって郵便受けをのぞきに行くのが楽しい。トリュフォーの映画で「アデルの恋の物語」っていう名作がありますね。返事が来ないのに主人公が手紙を出し続ける話でしたね。あれって今の時代じゃもう作れない映画だと思います。 

穂村 電車の時刻表も誰も見なくなっちゃった。時刻表トリックっていう一大ジャンルが成立しなくなってしまう。 

室井 私、仕事で移動するときはまずは紙の時刻表を頼ります。その方が確実。以前富山でイベントがあったんだけど、マネージャーがいつまでたっても来ない。仕方ないから1人でやり抜きましたけど、イベントが終わりかけになってようやくマネージャーはたどり着いた。スマホで住所検索したら、とんでもないルートを示されたみたい。自分で調べていたら、絶対に疑うじゃないですか。スマホしか見ないというのは恐ろしいことですよ。 

「やっぱり猫が好き」の衝撃 

――お互いの存在を知ったのは? 

穂村 僕はリアルタイムで「やっぱり猫が好き」を見て、衝撃を受けていました。本来ならNGのはずの演技も、アドリブでそのままやっていたでしょう? ドラマや女優さんの概念がガラガラと崩れた。室井さんが演じる「レイちゃん」の女神感がすごすぎて、ビリビリ伝わってくるものがあった。破天荒なのに繊細。当時恋人と一緒に見てたけど、2人で本当に息をのむように夢中になっていた。三谷幸喜さんが脚本やっていたんだよね。 

室井 あれね、作家がたくさんいたんですよ。室内劇だからシチュエーションが限定されて、1人だとアイデアを出すの難しいですからね。三谷さんは2クールか3クール目から参加したのかな。当時から新しい才能という印象でした。

穂村 似たような番組もいっぱい出てきたんじゃない? 

室井 男女の組み合わせとかね。 

対談の会場となった東京・蔵前の「封灯」

穂村 でも、『猫が好き』はあの3人だからこその奇跡的なバランスだったよね。 あの頃の恋人が印象的だと言っていたのは、室井さんの「レイちゃん」が、ズボンの膝が出ちゃって嫌でたまらないっていうシーン。こんな格好じゃ外に出れないって駄々をこねる。レイちゃんは破天荒な言動が多いのに、めちゃくちゃ繊細な性格が顔をのぞかせていた。あれ、脚本にないと思うんですよ。それを恋人がものすごく感動していた。 

室井 あのドラマはカメラを30分間回しっぱなし。止まらないし止められない。前日に1回だけリハーサルするんだけど、面白くなかったら前半は台本通りにやって、後半はアドリブっていうこともありましたよ。小林聡美さんのことを間違えて「さとちゃん」って言っちゃっても、そのままドラマは続く。私が「赤蠍(あかさそり)」っていうバーでアルバイトしてるっていう設定も、もたいまさこさんが「レイちゃん、バイト行かなくていいの」って突然言ったところから始まっています。「え、なんの」「赤蠍よ、銀座の。行かなきゃダメでしょ」「そうね、最近すごくしつこい客がいてね」って(笑)。作家がアドリブを受け止めて、設定がだんだん育っていく。しりとりゲームみたいでした。 

 

穂村 赤蠍とか、言語感覚も独特だよね。「レイちゃん」の不倫相手の名前は「水戸様」だったし。なんとも言えぬ気持ち悪い臨場感があった。ドラマの3姉妹が暮らしていたマンションって浦安とか幕張っていう設定だったでしょう。室内劇だから当然外は映らないんだけど。あの時って開発の最前線だった。あそこから未来が始まるという空気があったよね。でもバブルが弾けちゃったら、僕らが夢見た未来都市は存在しない。パラレルワールドのどこかにあるかもしれないけど。 

モテるでしょう? 

室井 穂村さんの短歌もエッセーも本当に面白い。どうしてこんな見方をするんだろうっていうのがどの作品にもある。私が同じネタで書こうとしても、ああはならない。だから興味深いし、何を考えているのか、ホントは何が好きで何が大嫌いなのか、これからジワジワ教えてもらいます。 

穂村 第1歌集「シンジケート」を出した時、室井さんのファンだったから記念に送ったんですよね。そしたらお礼状をくださった。最後に「小学生の時、私が作った俳句はこんなんです」って俳句も書かれていた。今でも大事にとってありますよ。 

 

室井 その後、穂村さんと対談しましたね。一つ一つの言葉を大切に話していらっしゃった。たくさんお話しになるタイプではないから「私ばかりベラベラしゃべって大丈夫かな」と思っていたけど、時間がたつうちに私の気持ちが不思議と落ち着いてきて、もっとお話ししたいという気持ちになりました。穂村さん、モテるでしょう? 

残り1414文字(全文:4138文字)