俳優で高志の国文学館長の室井滋さんと、歌人の穂村弘さんの往復書簡連載が北日本新聞でスタートしました。エッセーの名手である2人は、猫好き、そして絵本好きという共通点も。波乱万丈な室井さんの生活に、穂村さんもびっくり。軽妙かつ奥深い言葉の応酬をお楽しみください。(聞き手・田尻秀幸)

――共通点もありますね。お二人とも愛猫家です。 

穂村 猫は動きが予測できないし、自分ファーストで動くから、それが面白い。僕は60歳を過ぎて初めて飼ったんで全くの初心者。譲渡会に行ったら「猫よりあなたが先に寿命を迎えますよね」みたいに言われて、仕方なくブリーダーさんからお迎えしました。ところが、いきなり重病になっちゃって、妻がめちゃくちゃ甘やかしたんです。すると、表情を見ると明らかに自分が一番偉いっていう顔をしている。 

室井 猫は頭いいですよ。私は6匹体制でずっと飼っていたんですけど、シロちゃんっていう後ろの片足がない女の子がいて、私がマッサージしてもらっている時に横で見てフミフミしてまねしたりするんです。最後の子のタマがおととしの2月に死んで、23歳だった。人間なら108歳。最近出した「やっぱり猫 それでも猫」(中央公論新社)っていう本にも書いたけど、病気になった子には自分で注射したりね。いろんな経験をさせてもらいました。 

 

穂村 すごいな。 

室井 糖尿病になった病院嫌いの子がいて、朝晩ずっとインスリン打っていました。それを5年間やってました。ほ乳類だから結構人間と一緒なんですよ。女の子だと、ぼうこう炎になりやすかったりとか。体のこともよくわかったし、すごく勉強になりました。 

絵本は絵画みたい

――お二人とも絵本を収集したり、制作したりもしていますね。 

穂村 絵本って何度も読むことが前提みたいなジャンルですよね。同じミステリーを10回も読み返すことってあんまりないと思うけど、絵本の名作は読み返すのが前提。そこが不思議。新書って情報の塊でフォーマットも決まっているけど、絵本は違う。右開き、左開き、縦書き、横書き。フォーマットが全部違う。本の中でも一点ものの絵画に近い感じがします。 

 

室井 私は「しげちゃん」という絵本を書いて、教科書にも載せていただいています。朗読も山のようにやっているけど、一回一回違うって言われますね。映像作品とは違って顔も表情も見えないけど、声だけでやることで表現が逆に自由になることもある。ちょっと声色を変えるだけでイメージが全く変わる。そこが面白いですよね。 

――室井さんが朗読するラジオ番組を聴いていると、室井さんは声の使い分けがすごいですね。キャラクターを見事に演じ分けている。 

室井 いろいろな声を出すの得意なんですよ。おじさんの声も、おばあちゃんの声も。その方が聞きやすいかなと思うから、そういう風にしてるだけです。作品によってはそんなことをせず、淡々と読んだ方がいいものもある。ちょっとした会話を、どう読むかだけですごく想像力が膨らむんですよ。それが声の仕事の魅力ですよね。 

――穂村さんは絵本の翻訳も手がけていますね。短歌と響き合うところもあるのでは。 

穂村 リズムとか、少ない言葉数は短歌に近いところもあるよね。 翻訳の話になりますけど、グランドマザーっていう言葉を「おばあちゃん」と訳すのか、「ママのママ」って訳すのかで印象が違ってきますよね。最初の頃、マザーは「ママ」か「お母さん」だろうって思い込んで訳してたら、編集者に「母さんはどうですか」って言われた。確かに日常会話では「母さん」とはあまり言わないかなって感じはあるけど、「母さんが夜なべをして」という歌もあるわけで。詩的な響きを持つ言葉だよね。未練がある翻訳もある。「くろいしろい」っていう絵本で、「白い牛乳、黒い乳牛」って訳した。牛乳と乳牛が日本語で反転していて面白いと思って自信満々で出したんですよ。そしたら「乳牛は子どもにはわかんないから」ってやめてくれって言われて、じゃあどうしたらいいんですかって言ったら、「牛」にしてくれって。すごい落ち込んだ。ずっと根に持っている(笑)。 

 

室井 絵本をきっかけに覚えればいいのにね。私も「しげちゃん」のシリーズで「しげちゃんとじりつさん」っていう絵本を書いてるんですけど、編集の人から「自立ってわかりますか」って言われて。でも自立する話だからって押し切りました。今って、作る側がどんどん遠慮させられる感じありますよね。 

穂村 最近は金を払う側が偉いっていう考え方がめちゃくちゃ強くなっちゃった。昔はお医者さんと学校の先生は偉いはずだったのに、どんどん「患者様」「生徒様」みたいになってきた。本の最初のページに「亡き父へ」とか書くと嫌がられるんだよね。「自分が金を払ってこの本を買ったのに、なぜ俺じゃないんだ」って(笑)。「お客様は神様」の間違った解釈だよね。 

エッセーを書くということ 

――エッセーの名手であることも共通点です。 

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