「ピストン藤井」の名で、富山ならではのアクの強いスポットや人物を紹介してきたライター、藤井聡子さん。今年刊行された上野千鶴子さんと山内マリコさんの共著『地方女子たちの選択』(桂書房)では「協力」という形で、富山に縁がある女性たちの聞き取りを担当した。女性たちへのインタビューを通じて見えてきた、地方で生きる女性たちの意識と選択。世代ごとに異なる「働くこと」への向き合い方から、「女性が働くこと」の歩みを考える。(聞き手・田尻秀幸)
――今回、富山にかかわる多世代の女性たちにインタビューをしましたね
20代から60代までの女性に話を聞きました。上野千鶴子さんと山内マリコさんが論考や対談を寄せる本に、富山と縁がある女性たちの声を集めるというものです。

以前、出版元の桂書房社長の勝山敏一さんを取材させてもらったんですが、その時の内容が評価されたみたいで声を掛けていただきました。今回の本のテーマが、富山から若い女性たちが県外へ転出してしまう問題に対して、当事者である女性たちの声を聞いて実態を探るというもので、私自身とても興味がありました。
でも、フェミニズム研究の第一人者である上野先生と、作家の山内さんの初の共著ということだったので、自分なんかが参加させてもらっていいのだろうか、「おそれ多いぞ」という気持ちが最初は強かったです。なにせ「ピストン藤井」っていう、ふざけたペンネームで活動してましたんで(笑)。

それでも、20代~60代とこれだけ幅広い年齢層の富山の一般女性たちに同時に話を聞ける機会はめったにないですし、富山の出版活動を守ってきた憧れの桂書房さんと仕事させてもらいたかったので、「私で良ければ是非やらせてください」と言いました。
――取り上げた人たちの人選はどのように?
年齢や地域、独身・既婚、離婚経験者など、いくつかの属性に応じて選びました。私と山内さん、編集の方と相談して決めました。当初は10人くらいの予定だったんですが、話を聞いているうちに欲が出てインタビューを増やし、最終的には14人に話を聞きました。直接会った方もいれば、メールでやり取りした方もいます。
「寿退社」と「自己責任」
――世代によって、働くことへの意識はどう違いましたか。
もう、本当に劇的に違います。
60代の方々にとって、働くことは必ずしも自分の選択ではなかった。「女性は寿退社が当たり前」「25歳を過ぎたら売れ残り」という価値観が支配的で、大学進学すら「女子には必要ない」と言われる時代に社会に出たのです。
結婚して子どもを産むことの方が、はるかに重要視されていました。典型的な家父長制ですよね。夫の家に入って、義両親や子供のケア労働を担うことも当たり前のように受け入れられていた。示された道を歩くしかなかったんですね。選択肢が他にないから悩むこともなかった人もいる。当時の典型的な道から外れた人は大変だったでしょうけど。
一方で結婚・出産後には、再び働きに出る人が多い。富山は昔から3世代同居率と夫婦共働き率の高さで知られていますが、夫の両親と同居していたからこそ、女性が社会に出て働くことができたとも言える。ただそれは決して、女性の負担が軽くなったことを意味するわけではない。仕事も家事も介護も、全て完璧にやらねばと追い詰められていた人も中にはいたと思います。
――藤井さんは40代ですけど、その世代になると意識が違いますよね。
私たち40代は就職氷河期のど真ん中です。インタビューしたUターン女性が言っていたんですが、100社受けて1社も受からないなんてことがざらにありました。その渦中にいると、時代のせいだとは分からないんですよね。自分の能力がないからダメなんだ、自己責任なんだと思い込んでしまう。私の友達の中にも「必死で勝ち取った唯一の就職先だから、もう一生その会社に留まるつもり」って言ってた子もいましたね。就職先を選ぶ余裕はなかったでしょう。

――優秀でも性別を理由に落とされることもあった。人生の選択肢は一見あるように思われるのだけど、現実的には少なかった。
それに女性の方が派遣社員になるケースが多かったでしょう。1999年の労働者派遣法の改正で対象業務が原則自由化されたことから、正社員になれず10年以上派遣のままという方もいました。その人は映像制作会社で働いていたのですが、映像系の学部を出ているにもかかわらず、ずっと派遣社員のままだったそうです。その方も周りを見たら、アルバイトでずっと働き続けるケースも多かったと。面接で「妊娠する可能性はありますか」って聞かれた人もいました。今なら完全にアウトですよね。
――20代、30代はどうですか。
さらに違いますね。今回聞いた若い世代は、みんな正社員です。40代が「仕方なくその会社に入った」という人が多いのに対して、20代はまだ自分で選んでいるという印象があります。20代の方が楽しそうに仕事してる感じがしました。「仕事がなくて困っている」とか「給料が安くて困っている」という話はあまり出なかった。もちろん東京に比べて給料は安いんでしょうけど、結婚していたり、実家の援助を受けていたりする。決して裕福なわけではないんだと思いますが。
意外だったのは、東京への憧れがあまりないこと。地元から出たいという気持ちはあるんですよ。でも、行き先が必ずしも東京である必要はない。
ある女性は、ずっと同じコミュニティー、家族、富山の関係性の中で死んでいくのが嫌で、絶対出たいと奈良の大学に進学し、兵庫で就職しました。そしてドラッグストアの店員をしている。「ドラッグストアだったら富山にもあるのに」って思うじゃないですか。でも本人は、とにかく出たかった、出られたらそれでいいんです。私たちの世代は、東京志向が強かった。でも今の若い世代にとって、「東京対富山」みたいな対立軸って古いんだなと思いました。
――それはなぜだと思われますか。
やはりインターネットの影響が大きいんじゃないでしょうか。SNSもあるし、Amazonで何でも手に入る。地方にいても、かなりの欲望は満たせるようになりました。
ただ、若い世代に選択肢が多いということは、「別の可能性もあったかもしれない」という思いが常につきまとうということにもなります。60代の方々は、示された道を歩んでも納得できたのかもしれない。でも今の若い世代は、選択肢が多いからこそ、不安も大きいんじゃないでしょうか。何かを選べば、他の可能性を捨てることになりますから。「今だったら何でもできる」「どんな年齢でも諦めないで」みたいなメッセージは素晴らしいけれど、逆に、諦めることを悪いことのように捉えられてしまう。
60代は、示された道を歩くしかなかった。40代は、選択肢がないまま厳しい就職氷河期を生き抜いてきた。そして20代は、選択肢が多いからこその不安を抱えている。どの世代も、それぞれの大変さがある。
立ちはだかる「男女の壁」
――藤井さんが参加した『地方女子たちの選択』を読んでいると、若い世代に「男女の壁」がないかというとそんなこともない。
そうですね。2000年生まれで射水市出身の医学部生を取り上げていますが、彼女は県内屈指の進学校に進んで、女子の中では学年トップという優秀な方です。富山の学校あるあるなのかもしれませんが、彼女自身は国立大医学部志望だというのに、東大進学を勧められるような才媛です。
受験勉強に打ち込んでいた彼女は、信じられないようなニュースを知ってがく然とします。東京医科大学が入試で女子の受験生の点数を不当に減点していたということです。そういった大学は複数ありました。女性が出産や育児から離職しやすいという懸念があったためですね。彼女は医者になったら「どうせ女だから(使えない)って思われたくないから」と、結婚しても仕事を続け、楽な診療科に行かないと決意しています。彼女はめでたく隣県の大学の医学部に合格していますが、この1件以外にも大なり小なりこういう「男女の壁」ってあるんじゃないですか。
ピンク映画とブラック企業
――藤井さん自身の就職活動はどうだったんですか。
私、実はほとんど就職活動してないんです。映画監督になりたかったので映画業界に携わる仕事を探しましたけど、どこも募集すらしていない。3カ月ぐらいで真っ当な就職は諦めました。就職活動に苦戦する周囲の友達を「大変そうだなあ」って他人事みたいに見てました。でもなぜか根拠のない自信だけはあった(笑)。バカ大学生あるあるですね。
卒業後に親に富山に連れ戻されましたけど、家業である薬局で働くつもりは毛頭ありませんでした。ピンク映画制作会社の脚本家見習いというニッチな枠を探し出し、ビービー泣きながら親を説得して上京しました。