社会人野球の頂点、都市対抗野球大会に12度も出場し、日本選手権では優勝も経験した一人の投手が今季限りで現役を引退した。伏木海陸運送(高岡市)の西納(にしのう)敦史(34)だ。野球では無名の富山大から社会人の名門、三菱重工名古屋に進み、苦労の末に花開いた異色の経歴を持つ。最後のシーズンとなった今年は、残念ながら全国大会出場がかなわず、野球ときっぱり別れを告げるという。野球に青春のすべてをささげた右腕の今の思いとは。
フォーム変更を迫られ
石川県の旧・山中町(現・加賀市)出身。小学3年で地元の少年野球チームに入団した。大聖寺高校から富山大へと進み、野球を続けた。3年秋の入れ替え戦で優勝し、翌年に1部リーグへと昇格。卒業後も野球を続けたいと、多くの社会人野球チームのテストを受け、唯一受け入れてくれたのが強豪の三菱重工名古屋だった。周囲は全員、野球強豪校から来たエリートばかり。当然、登板機会もなく2年が過ぎ、当時の佐伯功監督からは、野球をやめるか、オーバースローだったフォームを変えるかの選択を迫られた。
試行錯誤の末、サイドスローに変更。めきめきと実力を伸ばし、5年目で都市対抗の大舞台で初登板できるまでになった。真面目な性格もあり、ストイックに練習に集中した結果、6年目の2018年の日本選手権でチームが優勝。西納は決勝で先発を任され、優勝に大きく貢献した。

しなやかなフォームから繰り出す伸びのある直球と切れのある変化球は、他チームからも注目を集めた。都市対抗では、東海地区の強豪、西濃運輸、Honda鈴鹿、ジェイプロジェクトの補強選手として出場。伏木海陸を含め、昨年まで12年連続出場を達成した。
古里に近い富山へ
伏木海陸には、三菱重工グループの野球部再編に伴い、21年にコーチ兼任で移籍した。古里に近い富山のチームでもう一度花を咲かせたいとの思いから、自分を育ててくれた恩師、佐伯監督に別れを告げた。
