50代になって、ますますカッコ良さに磨きがかかっている西島秀俊さん。近年は、アカデミー賞で国際長編映画賞に輝いた『ドライブ・マイ・カー』や、アカデミー賞受賞作を多く手掛けるA24が製作したAppleTV+のドラマ『Sunny』など、国際的な活躍の場を広げている。9月12日に公開される主演映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』もニューヨークを舞台にした3カ国(日本・台湾・アメリカ)の合作だ。

インタビュー◎外山真也 撮影◎冨永智子 ヘアメイク◎亀田雅 スタイリスト◎オクトシヒロ ©「くらしの知恵」

 

真利子監督が描く暴力には理由がない

「『ディストラクション・ベイビーズ』に感銘を受けて以来、真利子監督とは一緒に仕事がしたいと思っていました」と西島さん。『ディア・ストレンジャー』は、気鋭の映画作家・真利子哲也の新作だ。4歳の息子を誘拐された日本人と中華系アメリカ人の夫婦が描かれる。

「哲学的な脚本というのが第一印象です。いろんな象徴が散りばめられていて、撮影に入ってみないと分からない要素がたくさんありそうだと思いました。『ディストラクション・ベイビーズ』ではむき出しの暴力を感じました。今回は実際の暴力シーンはとても少ないですが、今日みたいな日が明日も続くとみんな思っているけれども、実はそんなことはなく、ある日突然崩れてしまうという違った形での暴力性が描かれています。誘拐事件が起きて、家族の秘密があらわになる。そういう意味での暴力、現実の過酷さは『ディストラクション・ベイビーズ』と同じだと思います」

そんな真利子監督の作家性が現実とより強くリンクしてきていると、西島さんは感じている。

「普通は映画の中の暴力には理由があるものですが、真利子監督が描く暴力や現実は、突然理由もなく襲いかかる。それはもしかしたら、現代の僕たちがここ十何年で経験した現実から、日常が思うほど強固なものではないという不安を感じていることを、真利子監督が別の形で表現しているのかもしれません。あくまでも僕の解釈で、自分自身の思いがリンクしただけかもしれませんが。僕たちは東日本大震災やコロナを経験して、日常が当たり前のように続くものではないことを知っていますが、何とか乗り越えて新しい日常を作り生きています。明日何が起きるか分からないと常に考え続けながら生きていくのは、難しいことなのかもしれません」

『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』
© Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

 

家族というテーマが再び映画作家たちの関心事に

西島さんはこれまでも、黒沢清、北野武、濱口竜介…作家性の強い監督と組んできた。
「初めてご一緒する監督も多いですし、特に明確な理由はありません。映画を見て一緒に仕事をしたいと思ったり、脚本を読んでやりたいということもありますし、この人と共演してみたいと思って決めることもあります」

一方で、海外の有名エージェントとも契約した。海外進出を本格化させているように思えるが。

「それも、実はあまり意識していないです。これまでよりも間口が少し広がったという感じで、本当に一歩一歩というところです」

確かに、かなり以前からイランのアミール・ナデリ(『CUT』)や韓国のイ・ジェハン(『サヨナライツカ』)といった海外の監督とも仕事をしてきた。そんな国際舞台での活躍よりも、むしろ近年の傾向として気になるのは、〝家族〟をテーマにした作品、あるいは家族に問題を抱えた役柄が続くこと。『Sunny』や来年公開予定の『時には懺悔を』がそうで、フランスで撮影した『蛇の道』も〝親子〟がキーワードだった。

「年齢的なこともあると思います。でも、もしかしたら、今は人の集団の最小単位である家族がほころびかけているということが、世界的なテーマの一つなのかもしれません。家族の中でも、各々の行動が見えなくなっていたり、テクノロジーの進化などもあって〝ここだけは安心〟と思える場所がなくなりつつあります。家族の形は社会の反映でもあるので、社会自体に求心力がなくなりバラバラになってきていることを映画作家の方たちが感じ取って、どうやってもう一回つなぎ留めていくのかということが、重要な作品のテーマになっているのかもしれません」

家族が再び作り手の関心事に浮上し始めた。だから『ディア・ストレンジャー』は、監督の作家性が立った作品ではあるが、家族というものを掘り下げた、家族について考えさせられる映画でもある。ぜひ家族を誘って映画館へ行ってほしい。

くらしのワンポイント
リモートでいろいろなことができるようになり、いいこともたくさんありますが、実際会って話すと情報量が断然多い。どうしても便利な方に傾きがちですが、そこに全部寄りかからず、アナログなコミュニケーションとうまく組み合わせていけたらいいですね。
PROFILE
1971年3月29日生まれ、東京都出身。92年に俳優デビュー。2021年公開の映画『ドライブ・マイ・カー』では、第45回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞、第56回全米映画批評家協会賞 主演男優賞などを受賞。ドラマ『きのう何食べた?』シリーズや、映画『首』、『スオミの話をしよう』、Apple TV+『Sunny』など、国内外の映画・ドラマに出演。