公立中学校の休日の部活動を地域クラブやスポーツ団体などに委ねる「地域移行」を巡り、全国でもいち早く実施した黒部市で、教員の時間外勤務が6割減るなど大きな効果が出ていることが分かった。教員からは「昔と比べて負担が明らかに減った」「自分の子どもの行事に積極的に参加できるようになった」との声が上がる。ただ、平日の部活動も含めた完全移行に向けては、スクールバスの運用や指導者の確保など課題が多いようだ。(富山大3年・藤野拓実)

 部活動の地域移行は、長時間労働が問題となっている教員の負担を減らすために国が進めている。スポーツ庁は2023~25年度の3年間で、休日の段階的な地域移行を実現することを目標にしている。

 県内では、24年度までに富山市や高岡市、射水市など12市町が実施。中でも黒部市は、21年9月から休日の運動部の部活動を地域に移行した。準備段階で中学校の校長や各種競技の協会、市体育協会などでつくる「あり方検討会」の設立や拠点校の指定などに取り組み、先進的な事例の一つとして注目を集めている。

時間外勤務 6割減

 そんな黒部市の取り組みに興味が湧き、実際に現場へ足を運んでみた。

 7月下旬の土曜日、入善町中央公園陸上競技場。黒部市の明峰中と清明中の陸上競技部の1、2年生が、合同で走り幅跳びや砲丸投げなど4種目の練習に汗を流していた。周囲に顧問の教員の姿はない。生徒を指導するのは、社会人の陸上チーム「黒部アクアアスリーツ」のコーチや選手だ。

 中学生時代、野球部で顧問の教員から指導を受けていた私にとって、練習の場に「学校の先生」がいない風景はとても新鮮だった。

外部指導者(右)が見守る中、走り幅跳びを練習する中学生。黒部市の明峰中と清明中の陸上競技部員が一緒に汗を流していた=7月下旬の土曜日、入善町中央公園陸上競技場
 

 黒部市では指導者が各競技団体から派遣され、活動時間に応じて市から謝礼が支払われている。生徒の保護者の負担は、月500円の部費と年800円の保険料が基本になる。

 休日の部活動が地域に移行されたことで、教員の土日の負担は大幅に減っている。市教育委員会スポーツ課によると、移行後の21年10月~22年1月の時間外勤務は1人当たり26・6時間で、前年同期の73・6時間と比べると63・8%も減少した。

 現場の教員たちはどう受け止めているのだろうか。地域移行後に明峰中へ着任した陸上競技部の顧問、吉崎治教諭(51)は「以前別の中学校で陸上部の顧問をしていたが、当時と比べて負担は明らかに減った」と話す。剣道部の顧問、五十川徳倫教諭(44)は「息子の学校行事に参加したり、家の用事をしたりしやすくなった」と語る。

部活動の地域移行の効果について話す(左から)吉崎教諭と五十川教諭=黒部市明峰中

 メリットは時間的な余裕が生まれたことだけではないようだ。吉崎教諭は陸上競技の経験がなく、これまではインターネットで調べたり、他校の顧問の教員に相談したりして練習を考えていたが、外部指導者から専門的な助言を得られるように。「平日の練習メニューについてアドバイスをもらえる。また、教員の競技経験の有無によって、生徒が受けられる指導の質が変わる“格差”がなくなってきたと思う」と明かす。

「専門指導受けられる」

 生徒や保護者も地域移行に好意的だ。明峰中陸上競技部の2年の女子生徒は「コーチが多いから、一人一人しっかり見てもらえる」。別の2年の女子生徒も「より専門的な指導を受けられてうれしい」と言う。保護者は「ある程度の費用で、子どもたちが専門のコーチから指導を受けられるのはいいこと」と話した。

 外部指導者として生徒を教える黒部アクアアスリーツのコーチ、石田智也さん(57)は「指導した選手が活躍する場面を見ることが大きなやりがい」と笑顔で語る。スポーツ少年団や高校の陸上部の指導員などを務めた経験があり、少しでも子どもたちのスキル向上につながればと、黒部アクアアスリーツの他のコーチや選手と共に、毎週土曜日の午前8時半から3時間ほど部活動の指導に当たっている。「自分の指導した生徒が、将来の子どもたちのためにコーチの道へ進んでくれたらうれしい」

地域に移行された休日の部活動で、中学生を指導するやりがいを語る石田さん(左)。右は藤野記者=入善町中央公園陸上競技場

人手、お金…課題山積

 「平日の部活動も専門のコーチに見てほしいけど……」。生徒や保護者からはそんな声も聞かれた。

 国は将来的に平日も含めた完全移行を目指しているが、そのハードルは高い。黒部市教委スポーツ課の鎌森公士課長補佐(48)は「課題が山積み」と言う。

 特に難しいのが、スクールバスの運用だという。現在は平日に、部活動が終わる午後5時まで運行している。外部指導者は平日の日中に本来の仕事をしている人が多く、平日に指導できるとすれば、練習開始は今よりも遅い午後6時以降となる。このため、バスの運行時間を延長する必要が出てくる。そもそも、平日に指導できる人材をどう確保するかという課題もある。鎌森課長補佐は「人手やお金、空き時間の生徒の過ごし方など、平日の部活動の移行は休日よりもハードルが高い」と悩ましげだ。

 休日の移行も、全てがうまくいっているというわけではない。練習場所への生徒の送迎は保護者に頼っているのが現状で、陸上競技部員の保護者からは「市外の競技場への送迎は大変」との声が漏れる。

 部活動全体で言えば、運動部の移行に比べ、文化部では広がりを見せていないという課題もある。地域の受け皿や指導者の確保が運動部よりも難しいことが背景にある。「運動部だけが地域で部活動を行えば、文化部の生徒から不満の声が上がりかねない」。吉崎教諭はそう心配する。

 地域への移行を巡ってさまざまな課題がある中、鎌森課長補佐は「他の自治体の成功事例を参考にしながら、課題解決に向けて取り組みたい」と力を込めた。

記者メモ 関係者の協力、現場で実感

 私は小学生の時から約10年間、野球部に所属し、今も年に何度か県外の野球場に足を運ぶほどスポーツが好きだ。日々多くのニュースを目にする中で、中学校の部活動が地域に移行する動きが進んでいることを知った。教員の長時間労働という社会問題とスポーツが関連するこのテーマに関心を持ち、現場の実態を知りたいと考えた。現在、大学でも「部活動の地域移行」をテーマに研究している。

 取材するまでは、地域への移行後、生徒や保護者にとって満足のいく部活動が行われているのか疑問だった。実際に現場へ足を運ぶと、生徒や保護者から「部活動の充実感が増した」との声が聞かれ、黒部市では休日の移行が順調に進んでいることが分かった。その裏には、「子どもたちに持続可能で充実したスポーツ環境を提供したい」という思いを持つ市教委や学校、地域の指導者など、多くの関係者の協力があった。

 一方、平日の部活動を含めた完全移行には課題がまだまだ多い。今後、移行の取り組みをどのように継続していくのかを注視するとともに、生徒、教員、指導者の全てにとって、部活動のあり方がより良いものになることを期待したい。

 北日本新聞社は、創刊140周年に合わせて「北日本新聞学生記者クラブ」を発足させました。県内の大学生が地域課題を取材し、執筆する記事を随時掲載します。