青い光が体の中を進んでいった。
その光の正体は、サンマである。漢字で書くと秋刀魚。この名の通り、秋の味覚の代表だ。
塩を絶妙な加減で振りかけ、皮をパリッと香ばしく焼き上げる。しょうゆを垂らしてすだちを搾り、大根おろしと共にいただくと、それはそれは美味であった。
そんなサンマと言えば、足がはやいことで知られている。この「足がはやい」というのは鮮度が落ちる速度を意味しているわけだが、では本当の足のはやさはどの くらいなのだろうか。走ることはサンマにとっては泳ぐことなのでその速度を調べてみたところ、時速20kmくらいらしい。泳ぎはそんなにはやくはないようだ。

かくいうわたしは、どちらかと言えば走るよりも歩くのが好きだ。移動手段ではなく、歩くという行為そのものが目的となる散歩派である。散歩は車もガソリンも免許もいらない、この身一つの娯楽だ。
外に行くと、外はいいなあとつくづく思う。外は出るものではなく入るものだ。なんでもあるしなんでもできる、わたしにとっては遊園地に近い場所なのだ。それを入場料いらずでどれだけでも楽しめるのである。
ふと、散歩に行きたいなと思う。そんなときは、そう思ったわたしの魂をわたしが肉体として散歩に連れ出すというイメージで散歩をする。どんなに心と体がちぐはぐなときでも、魂と肉体は一緒に散歩することによって、家に帰る頃には一つになっているのだ。
初めての道を歩くのは愉快で ある。歩くほどに知らないことが知っていることに変わるのだ。そんな道中ですれ違う人を観察していると、歩幅やスピードに個性があることが分かる。向こうからこちらに歩いてくる人がわたしの世界に入ってくる瞬間、それぞれの歩き方やリズムに似合う入場曲がどこからともなく聞こえてくるのだ。ちなみにいまのところの回数ランキング第一位は『およげ!たいやきくん』である。
人生は走ることや歩くことにしばしば例えられる。家でごろごろしているときも明日に向かって歩いているというわけだ。わたしたちは今もみな散歩の最中なのである。
そんな人生という散歩の最中、ちょっとした不注意からテーブルに膝を強打した。杉の木を輪切りにした一枚板のテーブル。大きさも厚さもあるので当然重さもある。
ぶつけた膝には赤いあざができていた。それは日がたつにつれ青くなり、治りかけには黄色になった。わたしの膝は信号機だったのだ。
今が旬のサンマ。足ははやいが、新鮮なものを見分けるポイントがある。目が赤くなくて、青い光沢がきれいで、口が黄色なこと。なんと、サンマも信号機だったのである。
1999年3月生まれ。黒部市在住。歌人。2022年に第1歌集「すべてのものは優しさをもつ」(ナナロク社)を刊行。