小学生の頃、先生は私に、このように言った。「悪い大人には決して近寄らないようにしてください」。この言葉は、小学校の近くで危うく小学生が誘拐されそうになった事件があって、慌てて先生からホームルームで放たれた言葉だ。私はこのあと、実際に車に乗った悪い大人に遭遇し、誘拐されかけたところを何とか必死にかわして、半泣きで家に逃げ帰ることになるのだが、それはまた別の機会にお話ししよう。

問題は、ここまで露骨なまでに悪い大人だとわかることはむしろ珍しく、近寄らないようにしようにも、子供の力では、どの大人が悪い大人なのか、判別できないことにある。というより、大人になっても、時折、判断を間違える。あの人がまさか、悪い大人だったなんて。
吉本ばなな『はーばーらいと』(晶文社)は、旧統一教会のことを思い出しつつも、社会問題を大々的に取り上げるようなことはせず、あくまでも「僕」と「ひばり」の間に起きた、切ない交流を繊細に、変わる感情の流れを緻密に描いた小説だ。「ひばり」は良い子供だが、「ひばり」の親が悪い大人に囲まれたことによって、筆舌に尽くし難い悲劇が起こる。やわらかい言葉とは対照的に、立ちはだかる現実は、コンクリートの壁のように固い。「僕」は何度も何度も破壊を試みようとするが、何度も何度もうまくいかず、悪い大人に「ひばり」は長い間、害され続けてしまう。
何歳になっても、解けない呪いを、悪い大人にかけられてしまう。その洗脳を完全に解くのは至難の業だが、「僕」はアクロバティックな方法で、「ひばり」を救うきっかけを与える。「僕」の発揮した勇気に、ただただ打ち震える。このあと、本当に救われたのか、はっきりとわからないまま、終わる。
「僕」は、大人になる。きっと、悪くない大人になる。