ビバルディのバイオリン協奏曲『四季』は『春』がやたらと有名だ。実際にはどの季節の曲にも味わいがある。春夏秋冬それぞれが約10分の長さと均整を保っている。しかし最近の日本、春と秋の存在感が薄すぎる。冷房にせよ、暖房にせよ、エアコンを使わない期間の方が短い。そして勢いを増すばかりの夏。酷暑なんていう言葉、一昔前にあったか。調べる元気もない。

川合玉堂が愛した四季はもう少し穏やかだったはず。その風景画にはおおらかさが宿る。自然に人が寄り添う絵も多く残している。本作も季節の移ろいと人の営みを情趣深く感じさせる。玉堂の絵の中では過ぎゆく夏も愛おしい。
茅葺き屋根に生えた夏草を、職人が刈り取るというほのぼのとした場面を描く。手前にイチジクの木があり、その奥の屋根で職人が作業する。画面左上では蝶々が舞っている。視線を手前から奥へと対角線に沿って自然と誘導し、奥行きや画面外の世界を感じさせる。穏やかなのに動きがある。この小さな蝶々の存在が効いているのだ。
この蝶々にまつわるエピソードがある。遊び心か、向上心か。制作中に玉堂が中学生の孫に「何か足りないものはあるか」と尋ねた。すると孫は「花があるのに蝶がいない」と指摘したという。そこで加えられたのが、黄色の蝶3匹だった。
玉堂が80代になってから描かれた最晩年の作。孫を見るように優しい視線が秋の訪れを待つ草木にも人の息遣いにも行き渡る。円山四条派ならではの写生、狩野派らしい華やかさ、琳派が用いたたらしこみ、そして円熟の軽い筆致。美の探究をいとわない玉堂の精神と技が凝縮されている。
玉堂は生前に回顧展の開催を認めなかった。振り返っている場合ではなかったのだ。新たな最高傑作を描こうとし続けた。(田尻秀幸)
会場:県水墨美術館
会期:開催中〜9月3日(日曜日)
休館日:月曜日
開館時間:午前9時30分から午後6時まで(入室は午後5時30分まで)
観覧料:一般:1,300円(1,000円)/大学生:1,000円(700円)
※( )内は20人以上の団体料金 TEL:076-431-3719