「らしさ」は厄介なものだ。例えば、社会から要請されるいわゆる男らしさや、女らしさ。自分の男性性を耐えがたく感じている人もいれば、「女の子なんだから勉強なんて」「化粧もしないのか」などという時代遅れの呪いに苦しむ人もいる。一方で、生物的な基盤が心身に与える影響からはなかなか逃れられない。生きるのは難しい。

 

 美濃焼の産地で生まれ育った伊藤慶二は、焼き物の立体造形作品を通じて生命の根源と向き合う。1970年代から反戦や反核のメッセージを託し、焦土や被爆者をイメージした「ヒロシマ」シリーズを発表。さらに東日本大震災を目にして鎮魂の祈りを込めたオブジェを制作してきた。安易な答えを出すことに慣れてきた現代に大きな問いを差し出す。

 本作は「顔」というタイトル通り、黒い顔料が塗られた側面には、ぼんやりとした横顔が見える。その反対側に回ると、全く異なる印象になる。赤みを帯びた朴訥とした断面に丸みを帯びた突起が盛り上がっている。

 実は前者が男性器、後者が女性器を象徴しているという。男でもあり、女でもある像。性の別が背中合わせで存在しているように見える。一方で、生命の起源においては無性生物が地球上を闊歩してきた。そのことを思えば、過酷な環境を生き抜く原始の生命力を伝えているようにも感じさせられる。

 息を吸って吐いて死んでゆく。我々はただただ命なのだと。

 素朴で力強い造形は伊藤が惹かれてきたという縄文や弥生の原始美術や、朽ち果てた飛鳥仏とも響き合う。命の核のようなものが「顔」にはある。 

 樂翠亭美術館は本展終了後、新築リニューアルオープンに向け準備に入る。本展は現在の空間でアートを楽しめるのは最後の機会となる。   (田尻秀幸)

伊藤慶二と薫陶を受けた作家たち
開催中〜8月29日(火)
会 場:樂翠亭美術館 
開館時間:午前10時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
休館日:水曜日(8/16は開館)、8月17日(木)  
鑑賞料:一般800円、学生600円、小学生以下無料
TEL:076-439-2200