
大好きな英国で暮らしながら漫画・イラストを描く仕事がしたい―。富山市出身のイラストレーター・漫画家の竹内絢香さん(35)=東京=は昨年、そんな夢を形にした。英国愛を発信する一方、エッセー漫画「がんばらなくても死なない」(2020年、KADOKAWA)やSNSでの日々の発信で、疲れた心と体に寄り添ってきた竹内さん。夢を追うことは決して平たんな道ではない。それでも、一度きりの人生を楽しもうと決断した。うつ状態になったこともあったが、「本が私を救ってくれた」と語る。
心のリミッターに気付く
2022年6月から約半年、ロンドンのシェアハウスの一室を借りて生活した。ロンドン暮らしの日常や感動を「ロンドン日記」につづり、3月末までに電子書籍全3巻を発表。家探しの苦労、水回りのトラブルから美しい風物、さまざまな人との出会いまで、イラストと写真を交えて紹介した。帰国後、漫画サイト「よめるも」にて1960年代の英国を舞台にした「THE SWINGING CITY」を連載している。

「ロンドンでは、オンラインで日本にいる時と同じように仕事ができました。自分の部屋を地球の反対側に移動させた感じかな。暮らしてみて、改めて自分の中にリミッターがあることも感じました。例えば、『壁ってピンク色にしてもいいんだ!』とか。もっと大胆に描く勇気をもらえました」
「60年代の英国を舞台にしているので、この時代を生きた人たちに話を聞けたことは貴重な経験でした。自分がすてきだなと感じたことを勇気を持って描けばいいんだと思えた。でも、すごくすてきな物が目の前にいっぱいあるのに、自分にそれを表現する力がなくて。技術のなさに毎日、絶望でした(笑)」
本当はしんどかった 会社員の重圧
一橋大社会学部を卒業後、一度は東京都内の企業に就職した。海外での営業も経験した。
「いい経験でした。だけど、ずっと緊張している状態だったんです。自分の仕事で多額のお金が動くこともあって『しんどい、しんどい』と思っていた。ストレスでいつも肌が荒れていました」
漫画家になることは子どもの頃からの夢だったが、心の中でこっそり思うだけ。「漫画では食っていけない」とずっと思っていた。そんな時、祖父が亡くなった。
「『人って死ぬんだ』と改めて思ったんです。それで会社を辞めました。どうせだったら、やりたいこと全部やらなきゃって」。大好きな英国へ飛び、ロンドンの美大で約2カ月学んだ。「お金が尽きて帰国しなくちゃいけなくなって『ロンドンにもっといたい』と思ったんです」。夢の始まりだった。帰国後の2016年、会社員時代の経験をつづったエッセー漫画でデビューした。

他の人はできているのに、私だけできない
夢だった漫画家生活だったが、仕事は軌道に乗らず、次第に追い込まれていった。竹内さんはエッセー漫画「がんばらなくても死なない」を描いていた頃を振り返り、「診断されていないけど、うつ状態だったと思う」と語る。
誰かが「こうすべき」「こうあるべき」と思うであろう女性の生き方モデルと今の自分を比べた。同世代の友人は働きながら子育てしていた。モデル通りに生きられず、仕事もうまくいかず。「他の人はできているのに、私だけできない」と落ち込んだ。「私、全然頑張っていない」と自分を責めた。
そんな時に出合ったのが、サマセット・モームの著作だった。「『この人は私だ』って思った。『私が思ったことが書いてある』って。救われました」

シャーロック・ホームズになりたかった
英国にはまったきっかけは、ミステリー小説「シャーロック・ホームズ」シリーズだった。
「出合いは保育園に入る前かもしれない。本を読むのが好きで、家にあった翻訳本をたくさん読みました。とにかくかっこよくて、もはや信仰の対象。高校生の時には、極端な食事のまねをしたりしました。シャーロック・ホームズになりたかったんです」
一橋大社会学部では卒業論文のテーマでシャーロック・ホームズを選んだ。「ジェンダー(社会的性差)の勉強をしていたので、お勧めは『黄色い顔』かな。多様な人が登場します。シャーロック・ホームズは初めて読むという人には『赤毛連盟』が間違いないと思います」

好きすぎて遠ざかったことも
自らを「オタク」と称する竹内さん。好きな作家に宮城谷昌光、川上弘美、吉本ばななを挙げる。「母は本が好きで、家にたくさんの本がありました」
漫画も大好きだった。逃避できる場所だった。子どもの頃は父の買ってくる月刊漫画誌「なかよし」が楽しみだった。当時は「美少女戦士セーラームーン」や「魔法騎士レイアース」が連載されていた。
それでも一時期、漫画から遠ざかった。「漫画家にはなれないと思っていたから。悔しくて、もう見たくなくなっていた」。漫画を好きすぎるがゆえのつらさだった。漫画家として前を向く今は、漫画を楽しめるようになった。家族、友人、恩師、SNSのフォロワーらの支えに感謝し、「周りの人たちのおかげ」と語る。

自分を否定せず、責めないで
ここではないどこかへ行きたいと思っても行けない人はたくさんいる。毎日、くすぶりながら生きる人、疲れたあなたへ、作品を通じて、一緒になんとか今日を生き抜こうと寄り添う。
「私はくすぶりのプロ。希望を捨てないでいたいんです。自分を否定せず、責めないでほしい。たとえ今、そうは思えなくても。頭のどこかでそう理解していてほしい」と語る。
希望を持てるように-。漫画やイラストには、そんな思いを込めている。「『絶対大丈夫だから、希望を忘れないで』。自分もそんなふうにありたいと思っている。そう思えるような作品を描きたいんです。最初は自分のために描き始めたけど、今は見てくれる人がうれしくなってくれるといいなと思う」(松下奈々)